仕事中、部下や他部署、クライアントなど、次々と連絡が入ってきて、自分の業務を進める時間がない――そんな状況に心当たりはないだろうか。18言語で話題の世界的ロングセラーの新装版『一点集中術──限られた時間で次々とやりたいことを実現できる』の著者・デボラ・ザック氏は、「すべての質問や問い合わせに、即座に応じる必要などない」と言い切る。それはなぜか。本書の内容をもとに解説する。(文/神代裕子、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)

シングルタスクは自分勝手な行為ではない
経営大学院の客員教授を務め、企業経営にも携わってきたデボラ・ザック氏による本書は、「マルチタスクをやめ、シングルタスクに切り替えよう」と提唱する本だ。
なぜなら、脳は複数のことを一度に行うことができないため、マルチタスクを続けることで、注意散漫な生活になってしまうからだ。
しかし、ザック氏がマルチタスクを止め、シングルタスクに切り替えることをすすめると、「シングルタスクって、つまりはすごく自分勝手な行為だよね。まわりを切り捨てて自分のことしか考えていないわけだろう?」と言われることが何度もあったそうだ。
このことに対し、ザック氏は次のように述べている。
シングルタスクは利己的なものではないし、高慢なものでも、無礼なものでもない。
シングルタスクは人のためになり、あなたのためにもなる。
それはよき手本を示すことであり、さらには「いまここ」に集中することで結局は人の役に立てるのだ。(P.149)
これはいったいどういうことだろうか。
人の「行動」は「言葉」より強い
ザック氏は、マルチタスクをおこなうことの問題点として、注意力散漫になることに加え、次の点にも警鐘を鳴らす。
注意散漫の状態を続けていると、結局のところ、何の成果もあげられないうえ、対人関係まで壊しかねない。(P.47)
たとえば、こんな場面を想像してほしい。
「チームの意思疎通を深めたい」との目的で設定した研修の最中に、リーダーが他のプロジェクトに関する連絡をするために、ずっと会場の外にいたら、チームメンバーはどう感じるだろう。リーダーの言葉を信じられるだろうか。
友人からの電話で真剣な相談を受けている最中に、うっかり会社のメールを読んでしまい、トラブル報告を受けたら? あなたはそのまま友人の話に集中できるだろうか。上の空のまま返答をしたり、相談内容を聞き逃したりするかもしれない。
このように、誰かといるときに、別のことを同時におこなうのは、効率的な行為でも何でもなく、非常に失礼なことだ。マルチタスクによって、信頼関係にひびが入りかねない。
また、口でどれだけ「私はあなたのことを最優先に考えています」と言ったとしても、こうした行動をとることで、その言葉を裏切ってしまう。
行動のメッセージは、言葉よりも強いということを、私たちは知っておかなければならない。
シングルタスクは無礼な行為か?
しかし、マルチタスクをやめ、シングルタスクを実践しようとすると、人に無礼だと思われるのではないかと不安になる人もいるだろう。
シングルタスクをおこなうことは、「いまはこれに集中したい」という自分の気持ちを優先させることになるからだ。
しかし、シングルタスクを実践するには、「自身の『習慣』を変えるだけでなく、ほかの人があなたに寄せる『期待』も変えていかなければならない」とザック氏は指摘する。
いざ返信する段になったら、その作業に集中しよう。
肝心なのは「質」だ。(P.167)
確かに、会議中や移動中など、どうしても電話に出られないこともある。だからと言って、緊急のトラブルでもない限り、「会議中のため、後ほど折り返します」と伝えて怒る人はいないだろう。
メールだって、1日中クライアントとの打ち合わせが入っていれば、すぐに返せないことだってある。
だから、その優先すべきことが自分の作業であっても同じように考えれば良いのだ。
「メールを即レスする人は有能だ」とする風潮もあるが、即レスばかりしていては、いちいち集中が途切れてしまう。むしろ、それぞれの作業に集中して対応するほうが仕事の質は上がる。
相手が即レスを求めるタイプの場合は、一言「○時ごろにご連絡します」と伝えて、改めて折り返せば良い。そう考えられるようになれば、シングルタスクを実行しやすくなるに違いない。
「断る」ことで伝えられるメッセージもある
また、ザック氏は人からの頼み事に対して、「ノーと言うからといって、無能なわけではない」と主張する。なぜなら、四六時中、人の頼み事にイエスと応じていたら、自分の仕事など決してできないからだ。
ザック氏は「『いますぐには無理です』と『私には無理です』は、同じ意味ではない」と説明する。
そんな相手のほうが、途中までしか終えていない作業を山ほど抱えている相手より、ずっと信頼できる。(P.184)
確かに、中途半端に人の要望に応えて、自分の仕事は締め切りまでに達成できなかったら意味がないし、そんな人は結果的に「約束を守れない人」として信頼されない。
いま、託されている仕事に責任を持ち、一点集中して業務を進めるのが重要だ。
そして、そのために人からの依頼を断るのは決して悪いことではないのだ。
シングルタスクで、良好な人間関係を構築しよう
みなさんの中には、人からの頼み事や相談に日々振り回されて、なかなか自分の仕事を進められずに悩んでいる人もいるだろう。
しかし、あれもこれもとマルチに応えていくのではなく、「いま自分が一番に進めないといけないことは何か」をしっかり考えて、時には断ることも大事なことなのだ。
一点に集中するからこそ、周囲の人とも良好な関係を築くことができる。
このことを、覚えておきたいものだ。