野口准教授Photo by HasegawaKoukou

 レオナルド・ディカプリオ、ロバート・デ・ニーロ、リリー・グラッドストーン、ジェシー・プレモンスら豪華キャストを迎えた、マーティン・スコセッシ監督による映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』。石油の利権が絡んだインディアン連続殺人事件という、アメリカ・オクラホマ州のインディアン、オセージ族の保留地で1920年代に起きた実話を基に描いた作品だ。

 原作を読んで感銘を受けたディカプリオは、スコセッシ監督へ映画化の企画を持ち込んだ。当初、ディカプリオは、特別捜査官の役を演じる予定だったが、よくある「白人捜査官のヒーロー物語」になる懸念を感じ、よりオセージ族の視点を取り入れるべく、オセージ族の女性・モリーの夫へと、演じる役を変えることにした。アメリカン・ウェスタンを舞台にしたサスペンスだが、特徴的なのが、事件の当事者であるオセージ族の子孫が大勢、出演していることだ。206分と長尺だが、展開に引き込まれて時間の長さを感じなかった。

 しかし、当時のインディアンの状況、インディアン保留地という特殊なエリア、母系社会のオセージ族など、日本にいる我々には背景がわかりづらい点も多く、鑑賞後、パンフレットを購入して解説を読んでみようと思っても、パンフレットが売られていない。関連記事を読んでも映画やキャストを礼賛する記事ばかりで内容の本質が見えてこない。そこで、『インディアンとカジノ』の著者であり、日本におけるアメリカ先住民研究の第一人者である、明治学院大学の野口久美子准教授を取材。詳しく解説していただいた。(インタビュー・構成・文・撮影:ダイヤモンド社編集委員 長谷川幸光)

※以下、映画のネタバレになる部分もあるので、これから鑑賞する方はご注意ください

警察の介入が難しい先住民の自治区では
虐殺事件や失踪事件が多発している 

――この映画で描かれていた、インディアン連続怪死事件は、アメリカでは有名な事件なのですか?

 とても有名です。アメリカ内で知られてはいましたが、わからないことが多すぎて、ほとんど記事として取り上げられてこなかったんですね。

 アメリカ先住民の虐殺事件や失踪事件は、昔から本当によくあることなのですが、警察もメディアも滅多に扱わないんです。この事件もそれほど掘り下げられず、当時の新聞にさえ載っていません。

 でも、アメリカのジャーナリストであるデヴィッド・グランが、この映画の原作となる小説『Killers of the Flower Moon: The Osage Murders and the Birth of the FBI(邦題:花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生)』を2017年に出版したことで、再び事件は脚光を浴びました。

――数ある先住民の虐殺事件の中でも、特に大きな事件だったのでしょうか?

 先住民の虐殺事件は数えればきりがないほどあり、そのほとんどが、土地やそこに眠る天然資源といった、利権を狙ったものです。その中でも、石油の利権を巡っての計画的な事件というのは、かなり特殊なケースといえます。

――主人公の一家は実在したのでしょうか?

 実在しました。当時、約60人のオセージ族が殺されたのですが、この映画は、その中の1組の家族に焦点を当てたものです。

――サブタイトルに「FBIの誕生」とありますが、FBIが生まれるきっかけのひとつとなった事件ということでしょうか。

 FBIの前身である捜査局(Bureau of Investigation/BOI)は、事件が起きた時にはすでに存在していました。1920年代にジョン・エドガー・フーバーという政治家が、本格的にその活動の枠組みを作ります。映画にもこのあたりの流れが登場しますね。

 FBIというのは、州をまたいだ事件や先住民事件など、地元や州の警察による捜査が困難な事件を担当します。インディアンの保留地(=居住地)というのは自治区なので、警察の介入が難しい。そこでFBIの出番なのですが、FBIの本部はワシントンDCにあるので、殺人事件が起こっても、インディアンの保留地があるような僻地(へきち)にはなかなか来ることができません。それが、今回の事件の対応にこれだけの時間がかかった理由のひとつでもあります。

 僻地を車で走っていると、インディアンが経営するカジノが急に現れたりするんです。そのような場所なので、殺人や失踪、自殺、DVなどがあっても、誰も気づかない。捜査もされない。白人の男性が先住民の女性をレイプして殺害し、山に捨てたとしても、滅多に見つからない。ですので、昔から先住民の女性の失踪事件というのは非常に多いんです。今でもです。現代のアメリカ先住民の闇なんですね。

 そのため、近年、「MMIW」(Missing and Murdered Indigenous Women)にハッシュタグをつけた「#MMIW」によって、先住民女性や少女の失踪・殺人事件を認知させるための運動が活発化しています。また、現在のアメリカ内務省長官であるデブ・ハーラント氏は先住民ですが、彼女のもとで本格的な調査も始まっています。2017年の映画『ウインド・リバー』は、まさにこうした事件を描いたものです。

 今回の『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』でも、あれだけの数の人が殺されてもなかなか捜査されないのは、自治区という特別なエリアだからです。オセージ族の事件は、こうした先住民の女性失踪事件のひとつなんですね。

――アメリカの先住民の呼称は、「インディアン」や「ネイティブ・アメリカン」などがありますが、今はどの呼称が一般的でしょうか?

 コロンブスがアメリカ大陸に到着した時、インドに到着したと勘違いをして、先住民を「インディアン」と呼ぶようになり、さらには赤い肌を持つ者という意味の「レッド」と呼ぶこともありました。でも、先住民は千差万別です。言語も文化も肌の色も集団によってかなり異なります。集団間のあらゆる差異を無視して、単一の人種として扱われてきたんですね。

 1960年代に入ってこれに対して批判が起こり、「ネイティブ・アメリカン」と呼ばれることが増えてきました。アメリカ人の一部として位置づけられることや、個々の部族の主権がないがしろにされていることに異議を唱えるインディアンの中には、「ネイティブ・ネイションズ」という呼称を好む人たちもいます。とはいえ、先住民ではない方が使う呼称としては、「ネイティブ・アメリカン」が一番、無難ではないでしょうか(※)。

※野口氏の著書『インディアンとカジノ』では、インディアンによる「ネイティブ・アメリカン」への否定的な立場と「インディアン」の戦略的使用の歴史を継承して、「インディアン」の呼称を用いている。そのため本稿でもこれにならい、「インディアン」の呼称を主に用いるが、文脈によっては「先住民」と記すこともある

――コロンブス到着前は、アメリカ大陸にはどれくらいの先住民の部族が住んでいたのですか?

mapPhoto by H.K.
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 部族の定義にもよりますが、政治的な集団としては500以上といわれています。アメリカという国がまだなかった時期ですね。

 これは、当時の先住民を、現在のアメリカ合衆国の地図上にマッピングしたものです。この地図に日本列島を当てはめてみると、いかにたくさんの部族がアメリカ大陸で生活をしていたかがわかります。

 今のカリフォルニア州あたりは環境が住みやすいこともあり、多くの部族が集中していますよね。一方で、砂漠地帯の厳しい環境にも、灌漑(かんがい)技術などを持つ部族が住んでいました。

 北アメリカの先住民だけでも、11の「文化圏」に分けることができますが、個々の部族の生活スタイルや、話す言葉の種類などもだいぶ異なります。「ティピ」というテント式の住居を持つ人たちもいれば、「ホーガン」と呼ばれる半地下に住む人たちもいました。言葉も200種類以上、話されていました。顔も皆、同じように見えるかもしれませんが、だいぶ違うんです。

――その違いは、祖先が別の地域から来ているためですか?

 それぞれの部族は、自分たちがどこから来たのか、どのように誕生し、移動したのかという、「創世記」を共有し、語り継いでいます。実際は、北からだったり、南からだったり、いろいろなところから来ており、ベーリング海峡を歩いて渡ったり、船を使って南下したりと、移動の経路や手段はさまざまです。

先住民のポスターPhoto by H.K.
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 このポスターは、アメリカ先住民の「チーフ」やリーダーを集めたものです。中には、アメリカ人なら一度は聞いたことのある、西部劇のヒーローや、敵役の酋長もいます。よく見ると顔も姿も全然違いますよね。女性が載っていないのが残念ですが。

――女性のヒーローの写真や絵はあまり残っていないのでしょうか?

 ネイティブ・アメリカンの中には、女性が部族内を取り仕切るような母系社会の部族もいますし、もちろん、女性のヒーローもいました。でも、白人の入植者たちがアメリカ大陸にやってくると、男性のヒーローばかりがメディアに取り上げられるんですね。西洋文化の特徴ですね。ヒーローだろうが敵だろうが、男に焦点を当てる。ですので、記録があまり残らないんです。最近はジェンダー研究が盛んで、史料が出てきてはいるのですが、こうした写真や絵という形ではあまり残っていません。

――このポスターは、写真ですか? インディアンの保留地で売られているのですか?

 写真をもとにした絵ですね。19世紀の後半、画家がインディアンの居住地へ行って絵を描くということがはやったんです。共通するテーマは「消えゆく西部のインディアン」です。ちょうど、写真が流通し始めた頃で、インディアンの写真も多く残っています。保留地や周辺でこうしたグッズはたくさん売っているんです。アメリカ人って、インディアンが大好きなんですよ。

――え、白人もですか?

 そうなんです。自分たち白人が壊してきたはずなのに、古き良き美しいアメリカに憧れがある。アメリカは国としては歴史が浅いので、自分たちをアイデンティファイするために、インディアンを「アメリカ的な象徴」として捉えているのだと思います。メジャーリーグの「(クリーブランド・)ガーディアンズ」は2021年までは「インディアンス」という名前でしたし、「トマホーク・チョップ」というスポーツの応援スタイルもありますよね。

――その中で有名なインディアンは例えば何という部族でしょうか?