昭和電工と昭和電工マテリアルズ(旧日立化成)が統合して誕生したレゾナック・ホールディングスでは、企業価値を最大化するために「個の力」を伸ばすことに注力している。各企業ゲストに全社戦略の取り組みを聞いていく『全社戦略』セミナーDay1での、髙橋秀仁レゾナック・ホールディングス代表取締役社長の講演「統合新会社の収益力強化と文化づくり」(2023年7月7日開催、経団連事業サービス・ダイヤモンド社共催)を、前後編に分けてダイジェストでお送りする。この後編は、統合してどのような企業をめざし、企業価値向上に直結する個の力を最大化するための仕組みや企業文化づくりをどのように行っているのか、がテーマである。(編集協力:大酒丈典)

レゾナックCEOが「終身雇用は保証しない」代わりに新入社員に約束していることPhoto: Adobe Stock
レゾナックCEOが「終身雇用は保証しない」代わりに新入社員に約束していること株式会社レゾナック・ホールディングス
代表取締役社長 社長執行役員CEO
髙橋秀仁(たかはし・ひでひと)氏

1986年(株)三菱銀行入行、2002年日本ゼネラルエレクトリック(株)事業開発部長、2004年同社GEセンシングアジアパシフィックプレジデント、08 年モメンティブ・パフォーマンス・マテリアルズ・ジャパン(合)シリコーン事業社長兼CEO、13年GKNドライブラインジャパン(株)代表取締役社長、15年10月昭和電工(株、当時)シニアコーポレートフェロー、16年1月同社執行役員戦略企画部長、17年1月同社常務執行役員、同3月同社取締役常務執行役員、20年1月同社取締役常務執行役員CSO、同3月同社代表取締役常務執行役員CSO、同年6月昭和電工マテリアルズ(株、当時)取締役を兼務、22年1月昭和電工(株)代表取締役社長執行役員CEO兼昭和電工マテリアルズ(株)代表取締役社長執行役員CEO、23年1月(株)レゾナック・ホールディングス代表取締役社長社長執行役員CEO兼(株)レゾナック代表取締役社長CEO。

レゾナックは、2023年1月に昭和電工と昭和電工マテリアルズ(旧日立化成)が統合して誕生しました。自分は創業者だと思って経営にあたり、文化の土台からつくっています。

レゾナックのパーパス(存在意義)は「化学の力で社会を変える」。今や生活に不可欠になっているプラスチックが一例ですが、化学は世の中に非常に便利なものを生み出してきました。同時に、地球にダメージを与えてきたことも認めなければなりません。そういった認識が、このパーパスにつながっています。

「Resonate(共鳴する、響き渡る)」と「Chemistry(化学)」という単語を組み合わせて作った「レゾナック」という社名どおり、社内外の多くの人と共鳴して共創して社会を変えていきたいと考えています。

私たちがめざす姿は3つあります。

まず、きちんと儲けて「世界で戦える会社」になること。次に「持続可能なグローバル社会に貢献する会社」になること。この2つの両立は必須です。3つ目に、「国内の製造業を代表する共創型人材創出企業」として、部門間の壁も取り払って共創し合える会社になること。これは僕の強い思いです。

ゴールとして、「レゾナックで働いていることがブランドになる」ことをめざしています。日本の成長力が鈍化していることに加え、脱炭素やDX化、グローバル競争が押し寄せて変革・再編を迫られている化学業界の35年後の構造を予想なんてできません。そんな環境で終身雇用は保証できない。実際、新入社員にも「終身雇用は保証しない」と伝えています。その代わり、どこに行っても通用する人材に育ててみせる、と言っています。

企業価値創造や差別化に直結するもの

私の仕事は、企業価値を最大化することです。そこで投資家に株を買ってもらうために大切なことは3つあると考えています。1つ目が「経営陣を信頼してもらえるか」。2つ目が「言ったことを達成するか」。これを「Say Do Ratio」と言います。3つ目が「トラックレコード」です。

最初の2つはクリアになりつつあります。最後の1つのトラックレコードについては、目下は業績が悪いので大変ですが、24~25年はいい年になると思って、みなで頑張っています。

企業価値の構造は、「戦略(ポートフォリオ改革)×個の能力×組織文化」に分解できます。戦略やポートフォリオのことを議論すると満足して終わりがちなのですが、今や戦略・ポートフォリオはコモディティともいえる。そこだけ取り組んでもダメなんですね。

化学メーカーの中期経営計画を読み比べると、みんなよく似ていて「スペシャリティ」や「ライフサイエンス」の文字が並びます。率直に言って、それ以外はない。だからこそ、差別化要因は、経営陣が本気でやる根性があるかと、それを支える人材が育つか、なのです。人材育成こそが企業価値最大化への一番の近道だと考えています。

特に、総合化学メーカーから機能性化学メーカーに変化しようとしているレゾナックにとって、お客さんのほしい機能を聞き出してすり合わせ、研究や開発の人と話し合い、素材メーカーと話をし、またお客さんのところに行って話をする「共創型人材」が不可欠です。変化に対応できる人材を育て、それを可能にする文化をつくっていかなければなりません。その取り組みの一例をご紹介しましょう。

◆バリューとMBOの連動
バリュー(大切にする価値観)を規定して、これを2023年からMBO(個人の目標)に入れました。MBOのパフォーマンスはKPIがどれだけ達成されたかと、そのKPIをどういう価値観を持って実行したかの2軸で測ります。結局、バリューがない人はパフォーマンスが良くてもダメなんです、バリューを完全に否定するから。
日立化成と昭和電工が一緒になっていますから、半分の人を半分の人が知りません。「彼、いいよね」と言うだけでは、何がいいのかまったく伝わらない。だから、言語の統一を図るためにも、バリューの浸透について2022年は徹底的に取り組みました。

このほか、個のポテンシャルを引き出そうと、リーダー育成や多様性のマネジメント、キャリアの自立を大事にして、さまざまな研修を行っています。

◆共創型コラボレーション研修
一例が、共創型コラボレーション研修(360度フィードバック)です。上司と部下が心理的安全性、無意識のバイアス、傾聴力、発信力、議論を仕切る力について点数を付け、コメントを書きます。私自身も受けてみて、無意識バイアスの点数が良くありませんでした。ものをシンプルにするために、カテゴライズして考える癖がつきすぎているせいではないかと思い、気を付けるようにしています。

◆社内公募制度
研修以外に、社内公募制度も見直しました。もともと両社に制度としてはあったのですが、人材を引き抜かれた事業部長が激怒して、萎縮した人事がそれ以降使えなくなった……という例が過去にあって形骸化してしまっていました。このため、事業部長に断る権利はない、取り返したければ魅力のある職場にすべし、ということを明確にして、昨年は181のポジションをオープンにしました。すると154人が応募して、74人が異動しました。

◆タウンホールミーティングやラウンドテーブル
2022年は国内外の拠点70ヵ所を回り、タウンホールミーティング61回、ラウンドテーブル110回を開催しました。それまでも上長が一方的に話す「訓示」はありましたが、原稿なしに自由にやりとりするタウンホールミーティングは初めてのことでした。

◆モヤモヤ会議
今年は一歩進めて「モヤモヤ会議」を実施しています。若手20~30人を集めて、4人1組でモヤモヤしていることをまとめて、バリューを使って解決策を議論します。みんな同じようなことを考えているんだ、と分かったり、モヤモヤしていることを言ってもいいんだ、とみなに伝わることが重要です。事業所長には同席してもらい、モヤモヤを把握してもらっています。
たとえば、ある事業所で「会社のパソコンの立ち上がりが遅い」というモヤモヤが出ました。要因はHDDのパソコンだったためでした。事業所では、SSDのパソコンへの切り替えを予定していましたが、予算は200万円程度というので、今年やってしまえばいい、という話になりました。もちろん、すべてがこんなふうにうまくいくわけではありません。でも、「発信する」ことで解決できるという経験が増えれば、すすんで会話をするようになります。

これらの取り組みを通して進めているのが「変革と創造」です。それまで常識ではなかったことが、常識になる。社長が何もせずに「ちゃんとやれ」と言うだけでは、何も進みません。こうした地道な活動を通して、10年たてば確実に相当変わるはずです。