新日本酒紀行「千代寿」豊国を手に大沼寿洋さん Photo by Yohko Yamamoto

全国唯一の豊国で醸す寒河江の地酒

 かつて雪国の農家は、米作りを終えた冬の農閑期に藁(わら)を編んで衣料品を作った。蓑(みの)、腰蓑(こしみの)、藁靴(わらぐつ)に脚半、草鞋(わらじ)や草履とバラエティーに富んだ。節の長い品種が重宝され、草履に選ばれたのが豊国だ。山形県庄内町の育種家・檜山幸吉さんが文六から選抜し、1903年に育成。長稈で大粒、タンパク質含有量が少なく、酒に醸すと雑味のない良酒に仕上がった。藁は草履に、米は酒に良いとあって、草履生産量日本一を誇った寒河江市で多く栽培されたが、時代とともに草履は靴へ代わり、生産量は激減。高い草丈が農家から敬遠され、栽培が途絶えてしまう。

 幻となった豊国の酒を惜しみ、復活に尽力したのが、寒河江市の千代寿虎屋3代目の大沼保義さんだ。90年、県農業試験場庄内支場に残されていた1.5kgの種もみを入手し、地元農家に契約栽培を依頼。研究会「豊国耕作者の会」を発足した。その保義さんの思いを継いだ息子の寿洋さんは、蔵人たちと一緒に田植えから参加し、豊国の淡麗で優しい口当たりの酒造りに情熱を注ぐ。また、豊国以外の米も全量地元産を使い、杜氏も代々地元出身、消費も地元中心で、寿洋さんは「地元の地元による地元のための地酒です」と笑う。