不審者に絡まれたら発動せよ!護身術のプロが伝授する「究極の構え」とは?護身術に必要なのは「臆病さ」です。勝つためではなく、「負けない戦い」というのを意識することが重要(写真はイメージです) Photo:PIXTA

「道端で突然からまれた」「電車内で不審人物が近くにいる」……日常生活で大なり小なり怖い思いをした方は多いのではないでしょうか。そんなときにはなるべく被害を受けずにその場からうまく離れたい……、でも護身術を習うのは難しそう……。そこで今回は、全国規模で護身術を指導する団体「剣護身術」の代表・ヒーロ黒木さんの新刊『ラクにのがれる護身術』(青春出版社刊)から気弱な人でも非力な人でもとっさに使える自己防衛法について抜粋して紹介します。

「臆病な自分」を恥じる必要はありません

 私はこれまで1万人を超える方々に護身術を指導してきました。

 その中で皆さんに強くお伝えしているのが「困難な状況でしぶとく生き延びる、決して折れないしなやかな強さ」。その点で重要になるのが“臆病であること”です。

「臆病」であること、というのは多くの方がネガティブなイメージを持ってしまいがちです。それゆえ、「臆病な自分」に気づいたとき、人はショックを受け、己を恥じ、自分を責めてしまうことが多いです。

 私は、臆病であることは恥ずかしいことではない、と考えています。

 確かに格闘技では、勇敢さや勝利への意欲が求められます。しかし、予測不能な危機的状況のなか、自分の身を護り、無事に生還するためには、勇敢さだけではなく、「臆病さ」も重要な役割を果たしてくれるのです。

 勇猛果敢に行動することが、すべての状況を好転させるとは限りません。襲撃者の数がわからず、どんな武器を所持しているのかも不明な場合、勇猛果敢な行動は、かえって身を危険にさらしてしまう可能性もあります。

 実際に、格闘技経験のある人物が、数人のチンピラと戦い、刃物で刺されて命を失うという事件が海外で起きています。これは「相手を倒したい」という欲が強すぎたために、勇猛果敢な行動に繋がったからです。もう少し、彼が臆病であったなら、命を失うことはなかったのではないでしょうか。

 護身術に必要なのは「臆病さ」です。臆病であっていいんです。己の臆病さを恥じる必要はありません。臆病であることを認めるのは「負け」ではなく、むしろ、己の臆病さを受け入れる勇気を持つ人間です。

「生き延びること」が最大の目的であるならば、臆病であっていいんです。

「負けない戦い」という考え方

 最初にお伝えした「困難な状況でしぶとく生き延びる、決して折れないしなやかな強さ」を私は「真の強さ」であると考えています。

 たとえば格闘技的な強さをイメージすると「鉄のような強さ」となりますよね。この「鉄のような強さ」を求めれば、その戦い方は「勝つための戦い」になります。しかし、「勝つための戦い」は、リスクが高く、護身術には向いていません。

 では、「真の強さ」を、護身術に応用すると、どのような戦い方になるでしょうか?

 それが、「負けない戦い」です。この戦い方の優れたところは、「勝つ」ことにこだわらず、「負けない状態」に徹することで、相手は攻略が難しくなることです。

 たとえば、格闘技の経験がない人に、「勝つための戦い」をしてもらうと、格闘技経験のある人には簡単に負けてしまいます。ところが、同じ人に「負けない戦い」を実践してもらうと、先ほどと比べて途端に手強くなり、格闘技経験のある人でもなかなか倒せなくなるのです。

 その変化に本人自身が驚き、「負けない戦い」の有効性を実感されるほどです。

 今回は「負けない戦い」のためにある究極の構えを皆さんにお伝えできればと思います。