童謡やアニメのキャラクターでおなじみのクマだが、現実世界では人の命を脅かす猛獣だ。襲われたときに命を守る方法を知らないまま、登山やキャンプで野山に分け入るのは危険である。そこで今回は、NPO法人・日本ツキノワグマ研究所の米田一彦理事長に、クマに遭遇した際の「生存マニュアル」を伝授してもらった。米田氏はクマに9回襲われ、そのたびに生還した経験を持つ。一般的には「死んだふり」が有効だとされるが、専門家の見解とは。(ダイヤモンド編集部 濵口翔太郎)
現実世界でクマに出会うと
生命の危機である
「ある日、森の中、くまさんに出会った」――。誰もが知っている童謡「森のくまさん」の歌い出しだ。
だが、登山・キャンプ・山菜採りなどの最中に、本当にクマに遭遇したら生命の危機である。
環境省の調査によると「クマ類による人身被害」は毎年50~150件ほど発生している。2008~22年度の15年間で死者が0人だった年は2回(15年度・18年度)だけだ。他の13年間は1~5人の死者が出ている。
クマの側が逃げていく場合や、けがで済む場合も多いため件数は少ないものの、命を落とす人は確実に存在するのだ。
過去には、1970年に当時大学生だった青年5人が北海道の日高山脈でヒグマに襲撃され、うち3人が命を落とした「福岡大学ワンダーフォーゲル部ヒグマ事件」など、痛ましい出来事も起きている。
万が一、われわれがクマに遭遇した場合、どうすれば生存確率が高まるのだろうか。
「絶対にやってはいけないのは『クマに背を向けて逃げる』ことです。クマは左右前後に急に動くものに敏感に反応し、反射的に襲います。
『後ずさり』する方法が効果的だとよくいわれますが、もし山中でクマに出会った場合、野山に慣れていない現代人が足元を見ないまま逃げようとすると、ほぼ確実に植物などに足を取られて転倒します。そのまま襲われてしまう可能性は高いでしょう。
クマの走る速さは時速50~60キロメートル。例えるならば、五輪金メダリストのウサイン・ボルト氏よりも速い。もし転ばなかったとしても、慣れない山の中で逃げ切るのは難しいといえます」
こう指摘するのは、NPO法人・日本ツキノワグマ研究所の理事長を務める米田一彦氏だ。米田氏は秋田大学教育学部を卒業後、秋田県立鳥獣保護センターに勤務。1986年以降はツキノワグマの研究に専念し、89年に同研究所を立ち上げた“クマの専門家”である。
また、米田氏はクマの観察や追跡調査を行う際、遭遇・捕獲したクマに9回襲われ、そのたびに生還した稀有な経験を持つ。有効なクマ対策について身をもって知る、まさにスペシャリストだ。
クマと出会った際に生き残る方法に話を戻そう。一般的に知られているのは、「死んだふりをすると助かる」という説だ。米田氏も「死んだふりの有効性については研究者の間でも諸説ありますが、私は効果があると考えます」と語る。
ただし、「生き残る確率を高める上では“ある姿勢”を取ることが大切です」と米田氏は続ける。「9回襲われた識者」が伝授する、有効な死んだふりの方法とは――。