創業から約7年半、五常では年々事業の規模を拡大し、新たな国にも次々と進出してきた。その一方で、慎氏は現在の枠組みではサービスが届けられない層がいることも感じるようになったという。

「顧客の約7割は1日5.5ドル未満で暮らす人たちなのですが、世界銀行が極度の貧困層と定義している1日1.9ドル以下で暮らす人々の割合となると、極端に少なくなるのが現状です。社会的な意義などのためにある程度までは利益率を下げられるものの、弊社は株式会社なので、ずっと赤字が続くような事業を続けるわけにはいきません。極度の貧困層とされる人は7億人以上いると言われていますが、現時点ではそのような人たちに対して採算が取れるかたちで提供できる金融サービスを実現できていない。短期的には会社として解決が難しいことに挑戦するために、財団を作ろうと考えました」(慎氏)

財団と言えば2021年にはメルカリ創業者の山田進太郎氏がダイバーシティ&インクルージョンを推進していくための財団を設立し、今後総額で30億円を寄贈すると発表したことで大きな話題を呼んだ。

五常財団の場合は会社が未上場ということもあり、「まずは小さい規模からスタートする」(慎氏)計画。目指すべきビジョンは五常・アンド・カンパニーとは変わらないが、財団では極度の貧困層や、地理的な要因などで金融機関が出店しにくいエリアを対象としたサービスなど、営利企業からは十分なサービスを享受できない人々の生活を向上させるプロジェクトを支援していくという。

「たとえばインドにあるラダックという地域には銀行はあるものの、マイクロファイナンスの機関がありません。理由は明確でマイクロファイナンスのサービスは、人口密度がある程度高くないと成立しないからです。もしこのようなエリアでも成立するサービスがあるとすれば、どのようなものなのか。このようなテーマも(財団を通じて)考えてみたいと思っています」

「五常・アンド・カンパニーとしては100億円以上の資金を集めて事業を推進してきたので、もちろん株主への責任なども含めてこれからも全力投球していきます。ただ会社を立ち上げた理由を踏まえると、別のかたちのエンティティ(組織)もあった方がより良くなるし、翻っては(財団での取り組みが)会社にも良いかたちで返ってくると思うんです。将来的にはこれらの取り組みがうまくシナジーがある状態になって、民間セクターにおける世界銀行のグループのようになればと考えています」(慎氏)