ヒトの不妊症や染色体異常の治療にも役立つ可能性
「哺乳類のオス(男性)同士からの子供を誕生させる技術が開発された」と聞くと、将来、ヒトに応用して男性のカップルが女性の卵子提供者を使わずに子供を持つための基礎研究と思うかもしれません。
けれど、今回の研究は、(1)一部の女性の不妊症、(2)染色体余剰、(3)絶滅危惧種の動物の保存など、様々なケースで応用して役立てられる可能性があります。もちろん、いずれも倫理的な議論を十分に尽くす必要はあります。
(1)については、たとえば2本のX染色体のうち1本の全部や一部が欠損している「ターナー症候群」の女性は国内に約4万人おり、多くは不妊症とされます。この研究を応用してX染色体を複製できれば、子供を授かれるようになるかもしれません。
(2)については、ヒトで23対46本ある染色体でどれかが1本多くなるトリソミー症候群は、21番が3本になるダウン症候群や13番染色体トリソミー、18番染色体トリソミー、性染色体ではトリプルX症候群(XXX、女性)、クラインフェルター症候群(XXY、男性)などが知られています。今回の研究では、ヒトのダウン症のモデル動物である16番染色体が余剰になったマウスで、リバーシン処理によって正常な数の染色体の細胞を作ることに成功しています。将来的には、ヒトのトリソミーの原因究明や治療法の開発につながる可能性があります。
(3)については、絶滅危惧種の動物の中には、残りがオスだけ、あるいはメスだけになってしまった場合があります。林教授らは22年12月に「Science Advances」誌で、密猟や環境破壊によって世界でメスが頭だけになってしまったキタシロサイのiPS細胞から、卵子や精子のもとになる始原生殖細胞様細胞を試験管内で誘導することに世界で初めて成功したことを発表しました。今回の技術を応用できれば、将来的にはオスだけになってしまった場合も、動物の子孫を残すことが可能になるかもしれません。
もっとも、今回の研究では気になる結果も出ています。絶滅危惧種の保存を考えた場合、1匹のオスの体細胞からiPS細胞を経て卵子と精子を作り、受精させて子供が誕生させられれば、絶滅から救える動物が増えたり効率が上がったりしそうです。けれど実験では、同じオス個体から得た卵子と精子では、1500個以上の卵子で試したにもかかわらず、子供の誕生には至りませんでした。