長期間培養によるエラーや代理母の問題も

書影『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(集英社インターナショナル)『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(集英社インターナショナル)
茜灯里 著

 実用化には、他にどんな問題点があるか考えてみましょう。たとえば、ヒトではiPS細胞から始原生殖細胞様細胞への分化は確立されていますが、その先の卵子への分化はまだ不完全です。実験マウスの寿命は長くても3~4年ですが、それよりもはるかに長いヒトの卵子を作るためにはY染色体の消失に時間がかかり、長期間にわたる培養で異常が発生しやすくなる懸念もあります。今回の成果をヒトに応用するためには、iPS細胞に関するさらなる研究成果や技術的な進歩を待たなくてはならないでしょう。

 さらに、代理母の問題もあります。たとえ両親がオス(男性)の受精卵の作成に成功しても、誕生させるにはメス(女性)の子宮に移植するか人工子宮を用意する必要があります。

 人工子宮の研究では、17年にフィラデルフィア小児病院のチームが母ヒツジを用いたものなどがあります。この実験では妊娠105~108日(ヒトの胎児の23週に相当)の母ヒツジから5匹の未熟な胎児を取り出し、「へそのお」を人工肺につなげて、人工羊水に満たされた人工子宮内で4週間育てることに成功しました。けれど、哺乳動物を受精卵から正常な妊娠期間まで人工子宮で育てて出産に至った研究成果はまだなく、ヒトでの実用化には時間がかかりそうです。

 とはいえ、今回の研究が生殖医療や遺伝子治療、多能性幹細胞の実験に大きな可能性を与えたことは間違いありません。実用化までは猶予がある今だからこそ、先端技術の利用や規制、倫理問題について議論を進めておくことが重要でしょう。

【ポイント】
・マウスのオスのiPS細胞から世界初の卵子が作成され、オス同士から子供が誕生した
・研究成果は、ヒトの不妊症や染色体異常の治療、絶滅動物の保存にも役立つ可能性がある
・受精卵の生育には子宮が必要なので、代理母や人工子宮の問題も解決する必要がある