分子古生物学者である著者が、身近な話題も盛り込んだ講義スタイルで、生物学の最新の知見を親切に、ユーモアたっぷりに、ロマンティックに語るロングセラー『若い読者に贈る美しい生物学講義』。養老孟司氏「面白くてためになる。生物学に興味がある人はまず本書を読んだほうがいいと思います。」、竹内薫氏「めっちゃ面白い! こんな本を高校生の頃に読みたかった!!」、山口周氏「変化の時代、“生き残りの秘訣”は生物から学びましょう。」、佐藤優氏「人間について深く知るための必読書。」、ヤンデル先生(@Dr_yandel)「『若い読者に贈る美しい生物学講義』は読む前と読んだあとでぜんぜん印象が違う。印象は「子ども電話相談室が好きな大人が読む本」。科学の子から大人になった人向け! 相談員がどんどん突っ走っていく感じがほほえましい。『こわいもの知らずの病理学講義』が好きな人にもおすすめ。」、長谷川眞理子氏「高校までの生物の授業がつまらなかった大人たちも、今、つまらないと思っている生徒たちも、本書を読めば生命の美しさに感動し、もっと知りたいと思うと、私は確信する。」(朝日新聞書評)と各氏から評価されている。今回は書き下ろし原稿を特別にお届けする。
臓器を変化させる
生物は誰かが設計したものであり、進化して今の姿になったわけではない、と主張する人々がいる。そういう人々が例として挙げるのが、絶滅した不思議なカエルだ。こういうカエルが過去に存在したことは、進化では説明できないと言うのである。
それは、イブクロコモリガエル(カモノハシガエルとも呼ばれる)だ。ある臓器(胃)を別の臓器(子宮)に変化させられる非常にユニークなカエルで、オーストラリアの熱帯雨林に棲息していた。しかし、ダムの建設や森林の伐採のために、もともと生息範囲が限られていたイブクロコモリガエルは、1983年に絶滅してしまったのである。
自分が産んだ卵を食べる
このカエルのメスは、自分が産んだ卵を食べてしまう。ところが、胃に入った卵は消化されることなく、そこで孵化してオタマジャクシになり、変態してカエルになる。ここまで数週間かかるが、そのあいだ、母親は何も食べないらしい。
それから、母親は子どもを口から吐き出して、外の世界へ生み出すのである。なぜ胃の中で消化されないのか不思議だが、どうやら卵やオタマジャクシがいるあいだは胃酸の分泌が止まるらしい。
こういう仕組みが進化するためには、さまざまな要素がいきなり変化しなくてはならない。ゆっくりと徐々に変化してきたとは考えにくいのだ。
たとえば、もし母親が卵を飲み込む行動が最初に進化すれば、卵は消化されてしまい、オタマジャクシやカエルになることはない。これはおかしい。
もし母親の胃から胃酸が出なくなることが最初に進化すれば、母親は餌を食べても消化できないので死んでしまう。これもおかしい。
つまり、イブクロコモリガエルと普通のカエルの中間型が想像しにくいのだ。したがって、イブクロコモリガエルは、誰かが設計したものとしか考えられないと、一部の人々は主張しているのである。
胃の強いお母さん、胃の弱いお母さん
たしかに、イブクロコモリガエルがどうやって進化したのかは、わかっていない。しかし、だからと言って、すぐに進化してきた可能性を否定するのは早計だろう。たとえば、こんな進化の道筋を思い描くこともできなくはないからだ。
カエルのお母さんがたくさんいた。その中には、胃の強いお母さんも胃が弱いお母さんもいた。お母さんたちが棲んでいたのは、気候が悪くて餌が少ないところだった。そのため、一部のお母さんたちはお腹が空いてたまらず、せっかく自分が産んだ卵を食べてしまった。
つまり、胃が強いか弱いかで2通り、卵を食べるか食べないかで2通り、合わせて4通りのお母さんがいるわけだ。そこに、寒波がやってきたとしよう。
お母さんが卵を食べなかった場合は、卵は体の外に産み落とされているわけだ。したがって、寒波の影響をまともに受けて、卵はみんな死んでしまい、子孫は残すことはできない。
胃が強いお母さんが卵を食べれば、卵は栄養となり、お母さんは元気になった。だから、寒波が来ても、お母さんは生き延びることができた。しかし、卵は食べてしまったのだから、やはり子孫を残すことはできない。
謎が科学を発展させる
いっぽう、胃が弱いお母さんは、卵を食べても十分に消化することができなかった。そのため、胃の中には生きている卵もあり、その中にはオタマジャクシになったものもいた。寒波が来ると、お母さんは栄養があまり摂れなかったので、体力がなくて死んでしまった。
しかし、胃の中は外より寒くないので、卵やオタマジャクシは生き延びた。そして、寒波が去ると、お母さんの口から出てきたのであった。
もし、こんなことがあれば、子孫を残せたのは、胃が弱くて子どもを食べたお母さんだけと言うことになる。そうであれば、胃が子宮の役割を果たしたことになり、イブクロコモリガエルが進化することもあり得るだろう。
世の中には、まだわからない謎がたくさんある、そういう謎に出会うたびに、思考を停止していては、科学の発展は望めない。謎は科学を発展させるものであって、否定するものではないのである。
(本原稿は『若い読者に贈る美しい生物学講義』の著者更科功氏による書き下ろし連載です。※隔月掲載予定)
更科 功(さらしな・いさお)
1961年、東京都生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。民間企業を経て大学に戻り、東京大学大学院理学系研究科修了。博士(理学)。専門は分子古生物学。武蔵野美術大学教授、東京大学大学院非常勤講師。『化石の分子生物学』(講談社現代新書)で、第29回講談社科学出版賞を受賞。著書に『宇宙からいかにヒトは生まれたか』『進化論はいかに進化したか』(ともに新潮選書)、『爆発的進化論』(新潮新書)、『絶滅の人類史』(NHK出版新書)、共訳書に『進化の教科書・第1~3巻』(講談社ブルーバックス)、6万部突破のロングセラー『
若い読者に贈る美しい生物学講義』(ダイヤモンド社)などがある。
くつろいで受けられる生物学講義――著者より
ある農家に怠け者の男がいた。男は働くのが面倒でたまらないので、自分の代わりに田畑で働いてくれるロボットを作った。
ところが、ひと月経つと、ロボットは壊れてしまった。仕方なく、男はまたロボットを作った。ところが、そのロボットも、ひと月経つと壊れてしまった。
そこで男は、新型のロボットを作った。新型のロボットは、田畑で働くだけでなく、ひと月経つと新しいロボットを作って、それから壊れた。だから、男は、一日中家で寝ていられた。
そんな折、男は作られるロボットが、少しずつ違うことに気がついた。
たとえば、性能が1のロボットが作ったロボットの性能は、1.1になることも0.9になることもあった。しかしロボットの性能が、急激に変化することはなかった。
そのうちに、たまたまロボットを2体作るロボットができてしまった。ところが、男の家には、ロボットを動かす燃料は1体分しかない。
ロボットは、毎日農作業が終わって家に戻ると、燃料タンクから自分で燃料を入れることになっていた。そのため、農作業が早く終わったロボットが、先に家に戻って燃料を入れてしまう。すると、もう1体のロボットは燃料を入れることができない。そのため、燃料切れになったロボットは、家の隅に転がったままになった。
そんなことが繰り返されていくうちに、ロボットの農作業はものすごく速くなった。生き残るのは、いつも性能が高いロボットだけだからだ。仮に、毎月性能が1.1倍になったとすれば、4年で、ほぼ100倍になる。ロボットは、急速に変化していき、もはや怠け者の男にはコントロールできないものになってしまった。
ついにロボットは、自分で燃料を採掘するようになり、とうとう地球を支配するにいたった。もはや人間の姿は、どこにも見当たらなかった。
以上の話は『若い読者に贈る美しい生物学講義』の中に書いた話(の一部)である。ロボットが2体ずつ作られて、そのうちの1体だけが生き残るなら、そのときの状況に適応している方が生き残ることになる。これは自然選択と呼ばれる現象で、ダーウィンが進化のメカニズムとして見つけたものだ。
この話では、自然選択が働き始めたときに、ロボットの急速な変化が始まった。それは、もう元には戻れないような、根本的な変化であった。この瞬間にロボットは生物になったのだと、私は思う。
これまでは、生物とはどういうものかを考えるときに、物質的な側面から考えることが多かった。たとえば、地球の生物の体のなかでは、いつも物質やエネルギーが流れている。この流れを代謝というが、これを生物の定義の一つとすることが多い。
しかし、宇宙にはどんな生物がいるかわからない。たとえば、ロボットの体の中には、いつも物質やエネルギーが流れているわけではない。スイッチを切って寝ていれば、物質もエネルギーも流れない。それでも、宇宙のどこかに、さっきの話のようなロボットがいたら、それは生物と言ってもよいかもしれない。地球の常識から言えば、金属でできたロボットは生物ではないけれど、それは宇宙の常識とは違うのではないだろうか。
もしも、宇宙全体で生物を定義できるものがあるかどうかわからないが、もしあるとすれば、それは「自然選択」だろう。どんな形をしていようが、どんな物質でできていようが、どんな振る舞いをしようが、とにかく自然選択によって作られたものが生物なのではないだろうか。生物は自然選択によって、周囲の環境に適するようになったものだ。つまり、その環境の中で、なかなか消滅しないようになったものだ。つまり、生き続けるようになったものなのだ。
だから、本来生物は、生きるために生きているのであって、生きる以上の目的はないのだろう。生きるために大切なことはあっても、生きるよりも大切なことはないのだろう。まあ、生きていれば、それだけで立派なものなのだ。
『若い読者に贈る美しい生物学講義』では、従来の生物の見方に収まらない話も盛り込んでみた。
内容を簡単に紹介すると、まず生物とは何かについて考える。その中で、科学とは何かについても考えていく。生物学も科学なので、その限界を理解しておくことが大切だからだ。それから実際の生物、たとえば動物や植物などの話をしてから、生物に共通する性質、たとえば進化や多様性について述べる。最後に身近な話題、たとえばがんやお酒を飲むとどうなるかについて話をする。「講義」という言葉が入っているが、くつろいで受けられる講義にしたつもりである。
楽しんでもらえると、よいのだけれど。
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佐藤優氏
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きっと、どんなことにも美しさはある。そして美しさを見つけられれば、そのことに興味を持つようになり、その人が見る世界は前より美しくなるはずだ。きっと生物学だって、(もちろん他の分野だって)美しい学問だ。そして、この本は生物学の本だ。もしも、この本を読んでいるあいだだけでも(できれば読んだあとも)、生物学を美しいと思い、生物学に興味を持ち、そしてあなたの人生がほんの少しでも豊かになれば、それに勝る喜びはない。(本書の「おわりに」より)