私たちはふだん、人体や病気のメカニズムについて、あまり深く知らずに生活しています。医学についての知識は、学校の理科の授業を除けば、学ぶ機会がほとんどありません。しかし、自分や家族が病気にかかったり、怪我をしたりしたときには、医学や医療情報のリテラシーが問われます。また、様々な疾患の予防にも、医学に関する正確な知識に基づく行動が不可欠です。
そこで今回は、21万部を突破したベストセラーシリーズの最新刊『すばらしい医学』の著者で、医師・医学博士の山本健人先生にご登壇いただいた、本書刊行記念セミナー(ダイヤモンド社「The Salon」主催)の模様をダイジェスト記事でお届けします。(構成/根本隼)
Q. いまの医療現場で使われている薬は?
①モルヒネ
②コカイン
③ヘロイン
④サリン
A. ①モルヒネ
なぜこのクイズを出したかというと、医療現場で患者さんから「モルヒネは昔の薬で、いまは使われていないですよね」と聞かれることがしばしばあるからです。
モルヒネをはじめとする医療用麻薬を「オピオイド」と呼びますが、実はいまでも一般的に使われています。オピオイドには「痛み止め」の効果があり、痛みに苦しんでいる患者の負担を減らすことができます。
しかし、「麻薬=すごく怖い薬」というイメージが流布しているので、「麻薬だけは使いたくない」と思っている人は少なくありません。「モルヒネ=末期がんの患者に使う薬」と勘違いしているケースもあります。
オピオイドは、がんにかぎらず、病気によって生じるさまざまな痛みを効率的に抑えることが可能です。なので、入院患者だけでなく、通常の生活を送りながら、外来で処方された医療用麻薬を使う人も普通にいます。
「中毒症状になるのが怖い」という声もありますが、医師の指示に従って適切な量を服用していれば、中毒にはなりません。
アスピリンとヘロインの歴史
痛み止めは、医療現場において非常に重要な薬です。
図の右側のチャートは、ロキソニンやイブプロフェンといった鎮痛薬の原形である「アスピリン」の成り立ちです。
「サリチル酸」は柳の葉や樹皮から抽出できる物質です。紀元前から痛み止めとして使用されてきましたが、「胃が荒れる」という重い副作用があるのが難点でした。
そこで、バイエル社という製薬会社の研究者が、副作用を軽減しようと、サリチル酸に「アセチル化」という化学反応を加えて、アセチルサリチル酸という物質を作りました。
この物質は、鎮痛効果はきちんとありながら、サリチル酸よりも胃が荒れにくかった。そこで、同社はこれを「アスピリン」と名付けて発売したところ、爆発的に売れ、「世界で最も売れた鎮痛薬」としてギネスブックにも掲載されました。
一方、アスピリンの大成功の裏側で、同じバイエル社の別の研究者がモルヒネの効果を高めようと考え、サリチル酸と同じようにモルヒネをアセチル化させて、「ジアセチルモルヒネ」という物質を作りました。
このジアセチモルヒネは、モルヒネよりも鎮痛効果が高く、しかも服用すると高揚感が湧いてヒーローのような気分を味わえることがわかったので、「ヘロイン」と名付け、これも大量に作って発売しました。
ところが、ヘロインは依存性が非常に強く、人体を破壊するほど危ない薬であるということが後に判明し、いまでは禁止薬物に指定されています。
わずかな化学構造の違いですが、モルヒネは便利に使える医薬品である一方、ヘロインは使用や所持が禁止される不正麻薬です。
バイエル社はアスピリンを製造したことで有名ですが、ヘロインを開発して販売したという「負の歴史」も持っているのです。
(本稿は、ダイヤモンド社「The Salon」主催『すばらしい医学』刊行記念セミナーで寄せられた質問への、著者・山本健人氏の回答です)