部屋には「愛」をモチーフにした
飾りや人形が溢れ…

 再度その家を訪ねる。最初に連絡を受けて行ったときはすでに彼らが死んで5カ月が経っていたので、結局私が家を片づけるようになるまでに半年を要したことになる。

 子どもなしで2人暮らしをしていたにしては、ものが多かった。そのせいで人が動ける空間すらあまりなかった。収納の引き出しには、ブランド品の入っていた紙袋や品質保証書などがあふれている。ブランド品そのものは見当たらなく、ただそれらが存在していたという証拠だけが残っている。

 遠くに住む遺族が何度かやってきたというが、金目のものはすべて持ち出されてしまったのだろうか。2人が生前にぜいたくな高級志向の生活をしていたことを親戚が妬んでいたかもしれない。

 家の中にはほかにも装飾品の小物がたくさんあった。子どものいない夫婦なので、より互いへの愛情が強くなるのか、20代の新婚夫婦にも劣らない、見ているこちらが気恥ずかしくなるような、愛をモチーフにした飾り物や人形、額縁などがあちこちに置かれていた。

 この多くの愛の象徴物と、天井から吊るされた天蓋カーテンに囲まれたベッドで練炭に火をつけて死を待っていた2人を思い浮かべると、胸がとても痛む。誰よりも互いの愛情を追い求め、確かめ合いながら暮らしていたように見える。

 ぜいたくさの裏には幼いころの骨身に沁みる貧しさがあり、愛の装飾品で家中を飾ろうという思いの底には、愛されずに捨てられてしまうのではないかという恐怖がある。この家にはそれらが複雑に絡み合っていた。

 2人がともに横たわって死を迎えたと思われるベッドは、黒褐色の染みがついていた。この染みこそが、ともに生活してきた夫婦の最後の共同作品だった。腐敗物にひどく汚されたベッドを外に持ち出すには、マットレスを解体して骨組みを切り分けなければならない。

 血や分泌物で汚れたマットレスを解体するのはやっかいで手間がかかる。このような高級なマットレスは、ことさら構造が複雑だ。おまけに2体の体から流れ出た分泌物をたっぷりと吸い込んでいる状態なので、よほど気を引き締める必要があった。

 まず血の付いた布団と毛布をビニール袋に入れ、マットレスの3面のチャックを開けて表層のカバーを剥がし取る。次にマットレスの角ごとに打ち込まれたピンをニッパーで切断する。ピンを取り除いても、内部から何かで固定していて2番目の層は剥がれない。

 仕方なくマットレスの上に乗り、血の付いていない部分に立って、闘牛士が牛の角をつかんで死闘を繰り広げるように、力ずくで引き剥がす。力のいる大変な作業だ。防毒マスクの中の呼吸口には、紙コップ一つではすくいきれないほどの汗が溜まる。

 さらに高級なマットレスにだけ内蔵されているラテックスフォームを剥がす。マットレスの各層を一つ一つ取り除くたびに、血痕は少しずつ小さくなっていく。ラテックスフォームに次ぎ、綿で作られたもう一つの層を剥ぎ取ると、大きな1つの染みが、接しながらも2つの楕円形の染みに分かれ始める。

 そして、スプリングを包む白布が現れると、2つの肉体が作り出したそれぞれの染みがはっきりと分かれる。丸い2つの染みがここに2人がいたという証拠であると同時に、同じところに横たわって同じ日に一緒に死んだという明白な証拠だ。

 鉄製の骨組みだけが残ったマットレスを壁に立てかけ、電動ドリルでその下の木の枠を切り分ける。原木の重い板は、腐敗した人体から出た脂に濡れていて、ゴム手袋をしてつかもうとしても滑ってしまう。

 広いヘッドボードのほうを持って、壁側に回転させようとしたときだった。突然ガチャンという金属音がした。下を見ると、刃が青く光る、2本の包丁が落ちている。