私たちはふだん、人体や病気のメカニズムについて、あまり深く知らずに生活しています。医学についての知識は、学校の理科の授業を除けば、学ぶ機会がほとんどありません。しかし、自分や家族が病気にかかったり、怪我をしたりしたときには、医学や医療情報のリテラシーが問われます。また、様々な疾患の予防にも、医学に関する正確な知識に基づく行動が不可欠です。
そこで今回は、「気づけば読みふけってしまった」「ためになることしか書いてない」と反響を呼んでいる、21万部を突破したベストセラーシリーズの最新刊『すばらしい医学』著者・山本健人氏(医師・医学博士)に最新の医療について話を伺いました。
(聞き手/『頭のいい人が話す前に考えていること』の著者・安達裕哉氏)

「人体解剖が好きな外科医」がこっそりやっていた“ヤバい行為”とは?Photo:Adobe Stock

人体解剖のために外科医がとった“ヤバい行為”

安達裕哉(以下、安達) 『すばらしい医学』の中でも特に印象に残っているのが、ドリトル先生のモデルになったとも言われている医師が、じつは人間の死体をあの手この手で集めて解剖していたというエピソードです。めちゃくちゃ衝撃的でした(笑)。

山本健人(以下、山本) イギリスの外科医、ジョン・ハンターの逸話ですね。彼は解剖学の分野で歴史的な功績を残した一方で、まさに「マッドサイエンティスト」的な人物でもありました。

 生き物に対する好奇心があまりにも強かった彼は、動物や昆虫を数えきれないほど解剖して、なんと約1万4000点の標本コレクションを自宅に作っています。

 そんな中、彼が最大の関心を持ったのが人間でした。つまり、「人間を解剖したい」と思ったわけですね。

安達 恐ろしい。まるでホラー映画(笑)。

山本 もちろん、おいそれと人間を解剖するわけにはいきません。そこで彼は、プロの墓掘り泥棒を自費で雇うなどして、「死体収集ビジネス」という奇行に走ったんです。

 そうした手段で手に入れた死体をたくさん解剖した彼は、それまで誰も知らなかった人体の真実をいくつも発見し、その知見を本や論文の形で残したり、後進に伝授する教室を開いたりしました。

 倫理的には非常にマズいことをした人物ですが、研究者としてきちんと情報発信をしていたので、医学の進歩に大きく貢献したんです

「手術器具の置き忘れ」はなぜ起こる?

安達 「患者の体内に手術器具を置き忘れた」というようなニュースが、ときどき話題になります。一般人の感覚からすると、「置き忘れるなんてありえない!」と思ってしまいますが、なぜこのようなことが起こるんでしょうか?

山本 大前提として、体内への器具の置き忘れは絶対にあってはいけないことです。ただ、医師は常に細心の注意を払って手術に臨んでいますが、ヒューマンエラーをゼロにすることは不可能です

 しかも、手術で使う器具の数は非常に多く、中にはものすごく小さなものもあります。また、医療の進歩によって、昔はシンプルだった治療や手術が複雑化しているため、ミスを防止するための「システム」が欠かせません。

 現在はさまざまなシステムが医療現場に導入され、ミスの再発を防止するための報告体制も整っているので、単純なエラーは昔より相当減っていると思います。

医療とAIが切り拓く未来

安達 昨年は、生成AIの登場が話題になりましたが、医療の世界でも画像診断にAIが使われ出していると聞きます。実際、AIは医療現場でどのように活用できるんでしょうか。

山本 現時点では、AIが医療現場で実用化されているケースはさほど多くないと思います。ただ、研究レベルでは、人の手による診療や治療のかなり部分をAIが援助してくれるのではないかと言われています。

 たとえば、手術の映像をたくさん学習して、手術中の医師に「どの箇所を切除すべきか」「どう切るといいか」をナビゲートできるAIがすでに開発されていて、学会で議論されています。

 まだ発展途上の段階なので、完全実用化には時間がかかりそうですが、病気の診断や治療の判断をAIがサポートする未来がいつか訪れるんだろうと思います。

 また、私は最近よく手術支援ロボットを用いて手術をしますが、スマートフォンのアプリと連動させると、手術の内容やかかった時間などをデータとして記録してくれます。これは外科医にとって質の高いフィードバックになります。

安達 手術の振り返りまでやるとはすごい技術ですね。

山本 ついこの間までは、手術の映像がデータに残るなんて考えられないことでした。科学技術の進歩でデータ収集がより効率的になったので、医師のスキルアップという点でも、ものすごくプラスに働いています

安達 そう聞くと、病気になるとしたら、なるべく後の時代がいいなと思ってしまいますね。

山本 そうですね。医師として、日々発展している医学の最新の知見を、なるべく患者に還元できるように、努力し続けないといけないなと思います。

(本稿は、『すばらしい医学』の著者・山本健人氏へのインタビューをもとに構成しました)