エズラ・ヴォーゲル
 1979年に日米逆転の可能性を描き、世界的なベストセラーとなった『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(阪急コミュニケーションズ刊)。その著者のエズラ・ヴォーゲル(1930年7月11日~2020年12月20日)が、「週刊ダイヤモンド」2006年11月11日号で、改めて“日本論”を語っている。『ジャパン・アズ・ナンバーワン』執筆当時は、土光敏夫(元経済団体連合会会長)や松下幸之助(パナソニック創業者)、井深大(ソニー創業者)といった経営者が最前線で活躍していて、「国全体に今とは異なる活気と自信が満ち溢れていました」とヴォーゲルは振り返る。しかし、バブル崩壊で自信を失っていた当時の日本に対し、「そんなに悲観ばかりするものではない」とも言う。

 2000年に米ハーバード大学を退職したヴォーゲルは、中国に移り住み、日本から中国の研究にシフトしていた。しかし、決して日本を見限ったわけでなく、中国研究を通して「20~30年後にも、中国は多くの面で日本に追い付けない」と、日本の未来にますます自信を深めたのだという。英国やフランスといった欧州の老大国が、文化の発信地、そして観光地として世界に存在意義を示しているように、日本もアニメやゲームで世界に向けて独自の文化を発信しているし、そのことでもっと自国を褒めていいと話す。

 ただし、手放しで日本の復活を信じているわけではなく、再繁栄の条件は次代を担う若者の意欲次第であり、その鍵を握るのが「教育」だと話す。実はヴォーゲルの次男スティーブン・K・ヴォーゲルも日本の研究者(政治学)で、『ジャパン・アズ~』執筆中の父と共に日本に住み、日本の高校を卒業した経験を持つ。だが、ヴォーゲルは当初、長男に日本研究の後を継いでほしかったのだという。ところが、あまりに厳しく口を出したせいで反発され、思い通りにはいかなかったと明かし、「教育が難しいことは、私も父親として痛感しています」と、最後は個人的な反省まで披露している。(敬称略)(週刊ダイヤモンド/ダイヤモンド・オンライン元編集長 深澤 献)

今こそ松下幸之助や
土光敏夫を思い起こせ

「週刊ダイヤモンド」2006年11月11日号2006年11月11日号より

 日本の皆さん、こんにちは。私が『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を出版してから早いもので27年の歳月がたちました。振り返ってみても、あの頃の日本はすごかった。土光敏夫さん(元経済団体連合会会長)や松下幸之助さん(パナソニック創業者)、井深大さん(ソニー創業者)といった立志伝中の人物が存命で精力的に活動していたし、国全体に今とは異なる活気と自信が満ち溢れていました。

 実を言うと、私は今、中国に長期滞在しています。“次はチャイナ”と言いだすのかと思うかもしれませんが、それは見当違いです。ここに住んでみて、私はある確信を得ました。それは、20~30年後にも、中国は多くの面で日本に追い付けないということです。

 まず中国には、能力の高い人材にイノベーションを促すようなきちんとした知的財産保護の法的基盤がありません。現状を考えると、整備にはまだ時間がかかるので、世界のリサーチセンターになるのはそうとう先のことでしょう。中国企業の国際進出も当面はさほど進まないと思います。そして、なにより中国人は米国人から見ても、会社に対する忠誠心が低過ぎる。転職は日常茶飯事で、これでは堅固な組織は望むべくもない。

 確かに、GDPの潜在規模で言えば、日本はかなわないし、ローテク分野も中国にほとんど持っていかれるでしょう。しかし、日本はその強みであるハイテク分野の競争力、堅固な組織、そしてなにより個々人が仕事への熱意を失わなければ、30年先にも非常に重要な“専門的役割”を世界経済において果たしていると私は確信しています。