大企業の人材を新興国に送り込んで現地の課題解決を行う「留職」プログラムをはじめ、ビジネスとソーシャルをつなぐさまざまな活動を展開してきたNPO法人のクロスフィールズ。代表の小沼大地さんによれば、近年ビジネスの世界で注目されているミッション・ビジョン・バリューやパーパスを主軸とした経営は、NPOのような非営利組織の運営においては、長年にわたって常識的に行われてきたものだといいます。
その小沼さんが「すぐに実践に落とし込める稀有な本」「NPOで実践してきたことが非常によく整理されている」と絶賛するのが『理念経営2.0』という一冊だ。同書の著者である佐宗邦威さんは、クロスフィールズが2021年にビジョン・ミッションを改定する際に伴走役を務め、書籍の執筆過程においても、クロスフィールズの取り組みを大いに参考にしたという。時代に先んじて「理念経営2.0」を実践してきたクロスフィールズでは、今どんなことが起こっているのか──お二人の対談を全3回にわたってお送りする(第2回/全3回 構成:フェリックス清香 撮影:疋田千里)。

どういうタイミングで「理念」を作り直したのか?

佐宗邦威(以下、佐宗) クロスフィールズは2011年の創業時からビジョン・ミッション、バリューを設定し、経営判断や人事に取り入れてきたというお話を前回お聞きしました。ほとんどの一般企業では、額ぶちに入れて飾っていただけの企業理念を、なんとか実際の組織運営に使っていこうと知恵を絞っているフェーズなのではないかと思います。つまり、クロスフィールズはひと足先に理念経営を実践してきたわけですが、創業からずっと同じ理念を使い続けているわけではないですよね。どんなタイミングで変更してきたのでしょうか?

小沼大地(以下、小沼) 起業前になんとなく頭にあったものを、起業後半年かけて精緻化し、「すべての人が、『働くこと』を通じて、想い・情熱を実現することのできる世界」「企業、行政、NPOが手を取り合って次々と社会の課題を解決する世界」という2つのビジョンと、「社会の未来と組織の未来を切り拓くリーダーを創ること」というミッションを作りました。

その後、創業5年目のタイミングでミッションだけを「枠を超えて橋を架け、挑戦に伴走し、社会の未来を切り拓く」と変え、さらに2021年には佐宗さんに伴走いただきながら、ビジョン・ミッションを再度作り直しています。

佐宗 5年目にもミッションを変えたのですね。なぜ変えたのでしょう?

小沼 「社会の未来と組織の未来を切り拓くリーダーを創ること」というミッションは留職プログラムには合っていたのですが、5年目ぐらいの段階では留職以外の事業も始めていて、こじつけに感じたんです。そこで、事業全体を捉えられるように修正したのが「枠を超えて橋を架け、挑戦に伴走し、社会の未来を切り拓く」というミッションです。

ただ、そこからさらに時間が経過してくると、このミッションは「領域の橋渡しをする黒子」というアイデンティティを自分たちに押しつけすぎているのではないかと感じるようになりました。そこで佐宗さんにご相談したのが2021年です。

佐宗 創業10年目という節目でしたよね。

小沼 当時のビジョンやミッションは、日々の意思決定に活かしづらい状況になっていました。また当時は、VRを使ったプログラムのように、従来のミッションをさらに飛び越える事業が生まれつつあったので、「あれ? クロスフィールズってもっとできることがあるよね」「自分たちの可能性にフタをしていない?」という気づきが出てきたんです。コロナ禍などもあって、社会情勢そのものも起業した2011年当時とは大きく変わっていたのもあります。その社会の変化を捉えた言葉になっていない感覚がありました。

佐宗 2011年と2021年で、具体的にはどんな変化があったのでしょう?

小沼 まず何よりも、「社会課題」そのものに対する世の中の認識が大きく変わりました。起業当時は「社会課題」はほとんどの企業がCSR部などで扱うものという認識でした。またその頃は、「企業・行政・NPOで連携していきましょう」と伝えると、誰からも「はて?」という顔をされたんです。

ところが、起業して10年経った2021年には、コレクティブインパクトという言葉も広がりはじめ、パーパスという発想も知られるようになり、民間企業がSDGsを重視する姿勢も当たり前になりました。ある意味では、2011年に私たちが考えていた理想に近い社会になってきていたのです。ならば、その先の未来を描かなければいけないと考えました。

佐宗 僕は『理念経営2.0』のなかでビジョン・ミッションは推進力を与えてくれるものだと書いているのですが、推進力が弱くなっていたのですね。かえって、無意識のブレーキになってしまっていたのかもしれません。

小沼大地(こぬま・だいち)

NPO法人クロスフィールズ共同創業者・代表理事

1982年生まれ、神奈川県出身。一橋大学社会学部を卒業後、青年海外協力隊として中東シリアで活動。帰国後に一橋大学大学院社会学研究科を修了、マッキンゼー・アンド・カンパニーにて勤務。2011年、ビジネスパーソンが新興国のNPOで社会課題解決にあたる「留職」を展開するクロスフィールズを創業。2011年に世界経済フォーラム(ダボス会議)のGlobal Shaperに選出。2014年、日経ソーシャルイニシアチブ大賞・新人賞を受賞。新公益連盟(社会課題の解決に取り組むNPOと企業のネットワーク)の理事も務める。著書に『働く意義の見つけ方──仕事を「志事」にする流儀』(ダイヤモンド社)がある。