人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者(@keiyou30)が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』が発刊された。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。
大腸がんの気になる特徴
大腸は、長さが1.5~2メートルほどある管状の臓器である。
実は大腸がんは、大腸の上流にできたものより下流にできたもののほうが早い段階で見つかりやすい。過去の研究によれば、早期の段階でがんが発見される割合は、下流(左側)が16.1パーセントであるのに対し、上流(右側)はわずか5.6パーセントであり、上流のほうが遥かに少ない(1)。上流のがんのほうが、自覚症状が現れにくいためだ。
なぜだろうか?
その理由は、大腸の中で便の性状が変化するメカニズムを知っていると容易に理解できる。大腸は、右下から時計回りにお腹を一周する形で存在する。大腸では水分が吸収されるため、
したがって、大腸の上流(右側)を流れる便は水分量が多い下痢便で、大腸の下流(左側)を流れる便は水分量が少ない固形便となりやすい。実は、この部位ごとの便の性状の違いが、症状の現れ方に影響を与える。
上流で自覚症状が起こりにくいのはなぜか?
大腸がんが発見される契機として、血便、腹痛、便秘などの症状や、血液検査でわかる貧血などがある。大腸の上流を流れる便は水分量が多くて柔らかいため、管の内腔にがんがあっても詰まりにくい。水っぽい便なら、がんによって狭くなった管の隙間を通ることができるからだ。
したがって、硬い便が通る下流に比べて、便秘や腹痛のような自覚症状が現れにくい。また、がんの表面は組織がもろくなり、物理的な刺激で出血しやすくなっている。便に血が混じったり、繰り返す出血によって貧血が起こったりするのはそのためだが、これも便が硬いほうが起こりやすく、柔らかいほうが起こりにくい。水っぽい便はがんの表面を傷つけにくいからだ。
したがって、上流にできたがんのほうが、血便や貧血が起こりにくい。
むろん、上流のがんのほうが単純に「肛門から遠い」というのも、血便が現れにくい理由の一つである。上流の大腸がんが早期の段階で見つかりにくいのは、これらの要因によるものだ。
がんによる症状の現れ方は、大腸の構造と機能を知っていると理解しやすいのである。
【参考文献】
(1) “便潜血反応陽性を契機に発見された大腸癌症例の検討”永岡栄ほか.日本大腸肛門病会誌.1996;49:550-3.
(本原稿は、山本健人著『すばらしい医学』を抜粋、編集したものです)
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に18万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)、新刊に『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)ほか多数。
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