地球誕生から何十億年もの間、この星はあまりにも過酷だった。激しく波立つ海、火山の噴火、大気の絶えまない変化。生命はあらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返した。ホモ・サピエンスの拡散に至るまで生命はしぶとく生き続けてきた。「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』は、その奇跡の物語を描き出す。生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者)から「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」など、世界の第一人者から推薦されている。京都大学名誉教授・同レジリエンス実践ユニット特任教授の鎌田浩毅氏に、『超圧縮 地球生物全史』の読みどころを寄稿していただいた。

【京大名誉教授が教える】「今後10億年で地球上の水は全て蒸発する」という驚くべき結論Photo: Adobe Stock

エキサイティングな生命史

 46億年前に誕生した地球の歴史を振り返ると、生物がその時々の地球環境によって大きく影響を受けてきたことが分かる。

 同時に現代では、生物の活動が環境を変えるほどの力をもつようにもなり、人類の持続可能な未来が懸念されている。

 本書はこうした地球環境とSDGs(持続可能な開発目標)を考える上で打って付けの啓発書で、地球上で38億年前に生まれた生命がどのようなプロセスを経て今に至ったかを、極めてエキサイティングに描きだしている。

著者は科学教育のプロフェッショナル

 タイトルにあるように地球生物全史を「超圧縮」したものだが、圧縮するために選んだ題材は、どれも興味深いものばかりである。著者は進化生物学の専門家で、BBCなどでテレビやラジオ番組を製作してきた科学教育のプロフェッショナルである。

 ちなみに、評者も『地球の歴史』(中公新書、上中下 全3巻)で46億年の歴史を「超圧縮」してみたが、著者が題材を選んだ選択眼のセンスの良さには大いに脱帽した。

 具体的に拾ってみよう。

 最初の生命は深海で誕生したと考えられているが、38億年前という時期の早さは驚くべきものだ。「生命が火山の奥底に出現したのは、地球が誕生してからわずか6~8億年後のこと。(中略)何兆個もの生き物が大群となり、宇宙からも見えるような構造物、すなわち礁(しょう)をつくりはじめた」(本書23~24ページ)。

 これはシアノバクテリア(藍色細菌)と呼ばれる微細な生物だが、何と現在でも生きている。「地球上でもっとも成功した永続的な生命体であり、30億年ものあいだ、誰もが認める世界の支配者として君臨することとなった」(24ページ)。

 たとえば、オーストラリア・シャーク湾のハメリンプールに行くと、ストロマトライトと呼ばれる岩石の塊があるが、シアノバクテリアと泥粒で作られた太古の生命が存続している証拠なのである。

絶滅によって生物は進化した

 さて、その後の地球生物は、急激な環境変動によって大部分が短い期間に死滅する「大量絶滅」の憂き目に遭った。

 たとえば、陸上に棲む植物と大型動物、また海洋に棲息する魚類やプランクトンがいっせいに絶滅したのだ。

 それは今から2億5200万年前、ペルム紀の終わり近くに起きた。「溶岩と有害なガスの煙が温室効果を高め、海を酸性にし、オゾン層をずたずたに引き裂き、紫外線に対する地球のシールドを低下させた」(111ページ)。

 こうした大量絶滅はそれまで繁栄していた生物には大きな打撃となったが、そのおかげで新種の生物が棲息できる新しい環境が作られた。

 つまり、地球史のなかでニッチ(生態的な地位)はたえず変化してきたのである。言い換えれば、大量絶滅によって、生物は進化を続けてきたとも言えるのだ(拙著『地学ノススメ』ブルーバックスを参照)。

「偶然」と「再現性」

 このように地球生物の歴史には夥しい量のカタストロフィーという「偶然」が作用しており、「再現性」という科学の基本がほとんど成り立たない。

 私が専門とする地球科学はサイエンスの一分野ということになっているが、「地球」という唯一無二の実体を扱うため極めて特殊な状況が生じている。

 そして、ここには「歴史科学」という特徴がある。

 そしてホモ・サピエンスの誕生まで途切れることなく続く生命も、歴史の重要な構成要素である。古生代の植物が地表を覆い尽くすようになり、それらを食料とする動物が繁栄すると、生物自体が地球環境を変えるようになる。

 いわゆる「生物圏」の誕生であり、ここから地球と生命の「共進化」が始まった。

 たとえば、我々は当たり前のように酸素を吸って呼吸するが、大気中の酸素を作り出したのも太古の生物だった。それまでは二酸化炭素ばかりが充満していたが、これを光合成によって大量の酸素へ置き換えた原始生物がいた。

 つまり、生命が環境そのものを大きく変化させてきたのも、地球独自の歴史なのである。

 そして、人類は何億年もかかって蓄積された化石燃料を燃やすことで、大気中の二酸化炭素を増やしてきた。我々は過去の生物以上に地球環境を改変する力を持ってしまったとも言えよう。

今後10億年で…

「エピローグ」ではホモ・サピエンスが「第6の絶滅」を早めている懸念が語られる。「人類絶滅の最大の理由は、人口の移り変わりがうまくいかないことだ。人類の人口は今世紀中にピークを迎え、その後減少へと転じる。2100年には、現在の人口を下回るだろう。人類の活動によって地球が受けたダメージを回復させるために、さまざまな工夫がなされるだろうが、人類は、あと数千年から数万年以上は生き残れないだろう」(266ページ)。

 それでも地球は存続する。

 太陽系の寿命は約100億年なので、46億年が経過した現代はマラソンで言えばちょうど「折り返し点」に当たる。そして今後10億年ほどで地球上の水は太陽エネルギーによって全て蒸発してしまう(拙著『揺れる大地を賢く生きる』角川新書を参照)。

 それでもまだ10億年という途方もなく長い年月の余裕があり、我々は生き延びる知恵をもつことができる。こうした「長尺の目」で地球生物を眺める際に、著者が選んだ目から鱗(うろこ)のエピソードは、地球科学者の私にとっても本当に面白いものばかりだ。

地球の未来と生命史に興味を持つすべての読者に

 本書のもう一つの特徴は、歴史を「圧縮」して提示するため70ページにわたる詳細な注釈が付いている点である。

 専門用語や概念とともに、詳しく知りたい読者のための文献案内まで用意され、著者がいかにアウトリーチ(啓発・教育活動)に熱心であるかを物語る。

 さらに竹内薫氏による訳文は非常に読みやすく、著者の活き活きとした語りを見事に伝えている。

 地球環境の未来と生命の歴史に興味を持つすべての読者に薦めたい好著である。

評者略歴
鎌田浩毅(かまた・ひろき、Hiroki Kamata)

1955年、東京都生まれ。京都大学名誉教授、京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授。筑波大学附属駒場中学・高校を経て、79年東京大学理学部地学科卒業。通産省(現・経済産業省)主任研究官、米国内務省カスケード火山観測所上級研究員を経て、97年より京都大学大学院人間・環境学研究科教授。2021年から現職。日本地質学会論文賞受賞。理学博士(東京大学)。専門は火山学・地球科学・科学コミュニケーション。テレビや講演会で科学を明快に解説する「科学の伝道師」。京大の講義は毎年数百人を集め学生の人気を博した。週刊「エコノミスト」に『鎌田浩毅の役に立つ地学』を連載中。著書に『富士山噴火と南海トラフ』(ブルーバックス)、『首都直下地震と南海トラフ』(MdN新書)、『火山噴火』(岩波新書)、『地球の歴史』『理科系の読書術』(中公新書)、『やりなおし高校地学』(ちくま新書)など。本書の基になった「京都大学最終講義」をYouTubeで公開中。ホームページ:http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/resilience/~kamata/