メタ社の「なめた対応」が
日本社会で通用してしまう3つの理由

 メタの対応はひどいと思う一方で、だからといって私も「FacebookやInstagramはもう使わない」とまでは思いません。大半の読者の皆さんもそう思うのではないでしょうか?

 だとすれば、このまま終わればメタ社の完全勝利です。

 ではなぜ、明らかに相手の方が悪いにもかかわらず勝ってしまうのでしょうか?

 私は前澤氏はなめられていると感じる一方で、メタ社の言い分にも一理あると思っています。

 というのも、実はメタ社だけが悪いのではなく日本社会全体に同じような悪さがまん延していることにも問題があるのです。

 これまで日本社会では他の事例でもこういった「なめた対応」を放置してきた、それをメタ社が真似ているだけの話だという捉え方です。

 そこでこの記事ではメタ社のような対応が日本社会で通用する理由を以下の3つの切り口で説明したいと思います。

 それは、
 
(1)日本社会は形式合理性を重視する
(2)日本社会はIntegrityを大切にしない
(3)日本社会は巨悪を簡単にあきらめる

 の3つです。それぞれを説明したいと思います。