その挑戦者の眼にも、筒井夫婦は奇異に映ったらしい。飛び込んできたのは、二女の先天性心疾患を克服するためだと聞いて、岡野氏はびっくりし、

「人工心臓は難しいからあきらめたほうがいいですよ」

と勧めた。だが夫婦は聞かない。逆に、東海メディカルプロダクツを設立して、恥も外聞もなく知識を吸収した。

 そして、家族に支えられ、とうとうIABPバルーンカテーテルの完成にたどりつく。それは人工心臓とは違い、二女の命を救うものではなかったが、彼女が望んだように、約17万人の命を助けた。

なぜ、ノーベル賞級の研究者が夫婦を支援したのか

 夫婦を助けたのは、岡野氏を始めとする研究者や医師である。なぜ、彼らはこの夫婦を支援しようと動いたのだろうか。

 それは、二女の命を救いたいという夫婦の純粋な動機に加え、筒井さんの挑戦する激しい意欲に心打たれたからではないか。岡野氏は筒井さんについてこう評している。

「大会社の研究者はもうからなかったり、ちょっとうまくいかなかったりすると、すぐにやめてしまう。挑戦する意欲に欠けているのではないか。それに対し、彼は自分の目標を持っているが故に、鈍感であり、無知であり、ただひたすら目標に向かって挑戦し続けていた。そして負けないでオリジナルで独創的なカテーテルを作った」

 一方、筒井さんは研究者にもまれながら、自分の中に潜んでいた力が以前の何倍も引き出された、と感じたのではないか。

 それが彼に「人は自分で考えているよりも、10倍の力を持っている」という感慨を抱かせたのだろう。