そのため実質賃金の増加への期待は高まっているが、物価の上振れリスクには注意が必要だ。

 企業が大幅な賃上げに前向きなのは、人手不足に加え、価格転嫁を行いやすくなったことが一因だが、人件費の増加分を価格転嫁すると強い物価上昇圧力が生じる。仮に欧州で見られた「グリードフレーション(強欲なインフレ)」のように、コスト増分を超える転嫁が行われれば、物価上昇が想定以上に加速する恐れがある。

 日経平均株価は24年2月に史上最高値を更新したが、株高による個人消費の押し上げ効果(資産効果)は不透明である。家計の株式保有比率は低く、その分布は消費性向の低い高所得者に偏在している。株価は23年も上昇したが、消費は減少した。足元の株価上昇も実質賃金の増加なしには消費の拡大につながりにくいだろう。

 実質賃金の持続的な上昇に向け、政府は規制緩和などを通じて雇用の流動性を高める余地があるだろう。経済全体で適材適所を促進できれば、所得の増加につながる。

 消費の停滞が続けば、いずれ企業は販売価格の引き上げに消極的になる。賃金と物価の好循環が定着しつつある今こそ、実質的な所得増をもたらす取り組みを進め、個人消費を拡大させる必要がある。

(大和総研 シニアエコノミスト 久後翔太郎)