ヘタな小細工はおやめなさい。ありのままでいいのよ

 相手は銀髪のショートヘアがお似合いのマダムです。しばらく黙って私の話を聞いていましたが、そのうち身を乗り出し、じーっと私の目を覗き込んで言いました。

「あなた、それ、生まれつきの色?」
 要点を突かれ、しどろもどろの私。返事も待たずにマダムは続けました。
「綺麗な色だけど、似合わないわ」

 セールスポイントだと思い込んでいた私の個性的な目。それを面と向かって「似合わない」と言われたのですから、私の自尊心はガラガラと音を立てて崩れていきました。「きっとこのブラウスも、スカートも、ベルトも似合わないのだろう……」そう思うといたたまれなく、穴があったら入りたい気分でした。

 マダムは肘掛け椅子に深々と座り直しながら言いました。
「ヘタな小細工はおやめなさい。ありのままでいいのよ」

 落ちたな、と思った瞬間でした。
 窓の外では、セーヌ川の川面が光を反射し、キラキラと輝いています。
(これが見納めになるかもしれない……)

 そう思いながらオフィスを後にした私は広報部長の言葉を頭の中で繰り返していました。
「似合わないわ」と言われた瞬間、私は人格を否定されたような気がしていました。ところがショックが和らいでくると、「そりゃそうだ」と思わず苦笑したくなるような気持ちでした。見よう見まねの服装をし、カラー・コンタクトで「ミステリアスな大人の女」を演出しようとしていた私です。背伸びをしていたのがバレバレだったのです。

「似合わないわよ」と面と向かって言われたのは有り難いこと

「大人っぽく見せたい」「可愛らしく見せたい」「上品に見せたい」……。

 私達は「こう見せたい!」という気持ちが先走り、自分を取り繕ってしまうことがよくあります。そして人真似をしてみたり、似合いもしないフレアスカートを穿いてみたり、好きでもないのに流行りのバッグを持ってみたりします。あれこれ「ヘタな小細工」をしてしまうのです。

 これは案外、無意識のうちにやってしまっていることです。そして言われなければ、気が付かないことでもあります。私が「似合わないわよ」と面と向かって言われたのは、とても有り難いことだったのです。マダムは私の人格を否定していたのではなく、「もっと自分を尊重しなさい」と教えてくれていたのです。

 その翌週、採用の通知がありました。なぜ受かったのか、未だにわかりません。一つだけわかるのは、広報部長が出だしからとても大切なことを教えてくれていたということです。

 私がありのままの自分で勝負することができるようになるのはずっと先の話ですが、広報部長にあの日、あのオフィスで言われたことは今でも心に刻まれています。

 面接の日以来、私がパール・グレーのコンタクト・レンズをつけることは二度とありませんでした。

※本稿は『パリジェンヌはすっぴんがお好き』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。