優良取引先の会長から
渡された紙袋の中身
当時、私の担当先に隆々たる優良企業があった。三坪紙業株式会社は明治時代に先々代が創業し、地域では最有力の洋和紙卸業社だった。大手製紙メーカー各社から圧倒的なボリュームを安価で仕入れ、マージンを抜くことができるため、採算は良好。中部エリア全般に配送し、戦後から無借金を続けてきた。
純預金先として取引銀行各行の支店長が日参し、預金残高のシェアを奪い合っていた。そのためのサービスの一環として、取引先課の課長代理だった私が、朝夕の集金を担当していたのだ。毎朝現金を届け、毎夕に売上金の現金や手形を集金する。昭和ながらの定例訪問が続く顧客だった。
いつもの集金作業を終えようとしたとき、滅多に会えない会長から声をかけられた。
「M銀行さん?」
「あ、三坪会長。ご無沙汰しています。M銀行の目黒です。覚えていただいてて嬉しいです!」
「ちょい、相談があるじゃんね…」
会長は周囲を見回し、まだ経理室に他の従業員がいるのを確認した。
「ここはいかんね…違う部屋に行こまい」
私は会長室に招かれた。おそらく、ここ最近の担当者であれば入ることも許されない部屋だろう。支店長だって入ったことがないんじゃないか?私は、特別感に酔いしれた。
「ほい、座りん」
フカフカな革張りのソファに、私の体重が沈む。こいつは高そうだ…。
「ちょ、待っとってね」
会長は、片足を引きずって一歩一歩たどたどしく退室した。以前から痛風持ちだと聞き知っていた。5分ほどかけて、会長は紙袋を提げて部屋に入ってきた。
「お茶の一杯も出さんで…」
「いえ、先程いただきました。お気遣いありがとうございます」
「これを開けてくりん」
紙袋の中に、バラの花が印刷された包装紙にくるまれた箱のようなものが入っている。
「た、高島屋…ですか?」
「開けてくりん」
紙袋から箱を出す。砂ぼこりにまみれ変色した包装紙は湿っていて、カビが生えていた。ずっしりと重い。黄ばんだセロテープを丁寧に剥がして包装紙を開くと、1万円札の日銀券官封が現れた。