対面するビジネスマン写真はイメージです Photo:PIXTA

初めて配属された支店の扉を開けると
私の顔写真と個人情報が張り出され…

 新入行員として入行式後、初めて配属店に出社したのは研修明けの4月半ばのこと。何しろ入行式の後、即座に研修施設へ直行し、2週間もの研修を受講したためだ。

 吹田支店。私が最初に配属された支店だ。この支店での出来事は、拙著『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』にも記してある。あらかじめ教わっていた通用口の呼び鈴を押して元気よくあいさつすると、遠隔操作でガードが解かれる。鉄扉を開けると目に飛び込んできたのは、社員証用に撮られた私の顔写真がとてつもなく拡大引き伸ばしにされたポスターだった。

「入行おめでとう!目黒冬弥君 ようこそ吹田支店へ」

 私の個人情報…大学名、学部学科、趣味、最寄り駅などが列記されている。今と違い解像度の粗いコピー機で白黒写真を拡大しているものだから、殺人犯か強盗犯のモンタージュ写真に見える。歓迎されてるのかどうかすら怪しく感じた。そのポスターを眺めていると、取引先課の課長が階段を下りてきた。

「おお、新人!待ってたぞ。支店長にあいさつするぞ、来い!」

 課長の後を追い支店長室に入ると支店長がソファに座っていた。この人が、私が入行し初めて仕えた支店長となる。

「目黒君だね?どうぞ。座りなさい」

 支店長が目前のソファを指差す。

「はい!目黒と申します。今日からよろしくお願いします!」

 とにかくハキハキしゃべろうとだけ意識した。支店長は、ソファテーブルの上に置かれた名札を私の胸ポケットに付け、それから小さなケースから銀色の胸章を取り出して、私の左えりにはめ込んだ。新しいスーツだったばかりに胸章の穴がきつかったが、なんとか納まると、

「入行おめでとう!」

 と親指を立て笑った。

 支店長は名門国立大学の出身で、このようなセレモニー風のやり方が好みだったらしい。「ボーナス預金集め」といった昭和コテコテの銀行営業をやっていた時代に、支店長は赤ワインを飲みながら「マッキンゼー式ロジカルシンキング」などのビジネス本を解説する勉強会を毎週催していた。正直、1ミリもビジネススキルは備わらなかったが、バレないように居眠りするスキルだけは上達した。

「いいか、胸章と名札は死んでもなくすなよ。なくしたら始末書だからな」

 これを付けていれば、本店の役員応接室にだって入れる。だから、なくしたら拾った者に悪用される恐れがあるのだ。