支店長が自ら話をつけに
判明した驚きのタンス預金額

 課長は自分が行きたくなかったのだろう。その言葉に反応したのか、終始目を閉じて腕組みしていた支店長が口を開いた。

「やかましいわ。会長のアポを取れ。早い方がいい。俺が話をつけてくる」

「し、しかし支店長が行きますと…」

「お前らみたいに責任押し付け合ってるやつらはヘドが出るわ。目黒に断らせるとか、もうあきれてなんも言えないな。もういい、アポもいらん。今から支店長車を用意させろ。午前中の営業会議は副支店長が適当にやっておけ」

 支店長は不機嫌な時の癖で、ドアを思い切り閉めて出て行った。副支店長と課長は罰が悪そうだった。そして夕方、私は再び支店長室に呼び出された。朝と同じ位置に3人が既に座っている。

「座れ」

 副支店長の命令に従うと、支店長が口を開いた。

「会長と会ってきた。細かいことは言わないが、こんな金がどうやら23億あるらしい。タンス預金だそうだ。もう会長からは頼まれないから安心しろ。三坪紙業との取引はなくなる。まあ、カネの切れ目が縁の切れ目、そういうことだ。来月にでも預金は他の銀行に移すそうだ」

「た、タンス預金…ですか」

「明治の頃、先々代が高利貸しで一財を築いたそうだ。県内の鉄道が伸びていくのを見て、駅が作られそうな場所の不動産を買い占めていたらしい。それを今になって、入れ代わり立ち代わり、あちこちの銀行で使える金に変えさせているわけだ。俺が断ろうが、明日は違う銀行がそれをやらされる。しょせん、会長は銀行なんかそれぐらいにしか考えていない。いつか取引が切れる相手だったというだけのことさ」

 先々代は値上がりが見込まれる土地を買いあさり、転売で法外な利益を上げては申告もせずに、脱税に手を染めていたのだろう。もちろん、脱税は犯罪だ。隠した財産をタンス預金として、出どころをわからなくするために、時には他人の名義を使っては転々とさせている。支店長が聞いてきた23億円のうち、私は1億円近くのマネーロンダリング(資金洗浄)に加担したことになる。知らなかったとはいえ、やるせない思いが残った。

書影『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』(三五館シンシャ)『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』(三五館シンシャ)
目黒冬弥 著

 そして、現在。メガバンクでは、サービスの一環として集金をしていることはまずないはずだ。そのせいか、若手の多くが集金などしたこともなく、札勘定すら満足にできない者がいるらしい。

 札勘定とは、紙幣をパーッっと扇子のように広げてみせるアレのこと。昔は「銀行員のくせに札勘定もできないのか」と非難されたが、今ではできる方が珍しがられる。現金を毎日のように触っている者の方が、残念ながら下に見られる風潮がある。つまり稼ぐ営業部門が上、事務担当は下。銀行組織の昔から変わらないヒエラルキーだ。

 悲喜こもごも、これまでたくさんの出来事があった。私は今日もこの銀行に感謝しながら、懸命に勤務している。

(現役行員 目黒冬弥)