聖徳太子の1万円札で
1000万円のタンス預金

「日銀券官封」とは、日本銀行が封印をした札束のことだ。100枚で小束とし、それをさらに10束まとめて十文字に帯封(テープ状の紙)のまま、誰の手によっても開封されたことがない札束のことを指す。

 赤紫のラベルには「国立印刷局製造」と書いてある。ただ、明らかに違うのは肖像が福沢諭吉ではなく聖徳太子であり、現行紙幣よりひと回り大きかった。

「1000万だに。昔の札なんで困ってるじゃんね。ほいだもんで、今の金にしてくりん」

「福沢諭吉にですか?」

「ほうだに」

「あ、あの、会長名義の口座に入金してから、現金を払えばいいですか?」

「わしの口座?絶対あかんよ」

 語気が強まる。

「では、このお金を銀行に持ち帰って、現行のお金を持ってくればいいのですね。行内の処理上、この両替伝票を書いていただいてもいいですか?」

 会長はすらすらと名前と住所を書いていたが、書き終えると会長の名前ではなかった。

「経理部長じゃん」

「あ、会社のお金なんですね。預かり証の宛名も山本部長でいいですか?」

「ええよ」

 タンス預金という言葉は、誰でも聞いたことがあるだろう。銀行・金融機関・証券会社には預けず自宅のタンスにためておく、預金というよりは生身の現金のまま手元に置いておくお金を総称して使われる。銀行員人生で多くのタンス預金を見てきたが、一体なぜ、生身の現金のまま手元に置くのだろうか?

 あるシンクタンクの推計によれば、2023年12月時点での日本人のタンス預金の残高は59.4兆円に上るらしい。この残高のうちには、投資対象としての金(きん)やビットコインなどの暗号通貨もあるだろうが、流通量に限りがあるため一部にすぎない。やはりほとんどが自宅のタンスや金庫に生身の現金「ゲンナマ」を持っていると思われる。

 タンス預金を銀行に預けたくない理由はいくつかある。下手に残高が多いと、投資信託や保険の運用商品を、しつこいくらいセールスしてくるのが鬱陶しいというお客もいる。他には、銀行に預けにいくのがおっくうになり、気づいたら家の中にあったとか。

 コロナ禍だったら、そういうこともあり得るかも知れない。よくも悪くも現金の取り扱いは大きく減った。外出しない、人と会わない世界において、現金のあり方と役割が大きく変わった。多額の現金を引き出すことが日常であまりないものだから、余計に目立つ。