陰謀論に飲み込まれないためには
「面白い物語」に警戒せよ

 とはいえ、ロシアがソーシャルメディアを介して2016年の大統領選挙に干渉を試みたというのはおそらく事実であり、米国での長期間にわたる調査でも確認されています。にもかかわらず、それが陰謀論になりうるのは、トランプ陣営とロシアとが「共謀」していたという主張が展開されたからです。

 一般に、陰謀論が広く受け入れられるためには、それが物語として面白くあることが必要になります。そして、面白い物語であるための条件は、個人の決断や行動が決定的な役割を果たすという点にあります。たとえ現実にはしばしばあることであっても、偶然の作用や個人を超えた組織の力だけで問題が発生、または解決する物語は、どうしても盛り上がりに欠けてしまいます。

 こうした観点からすれば、トランプ陣営とは直接の関わり合いのないところでロシアが勝手に彼を選挙で応援していたというのは、あまり面白い筋書きではありません。むしろ、トランプ陣営とロシアがひそかに手を結び、米国の民主主義を危機に陥れているというほうが物語としては盛り上がります。したがって、陰謀論を警戒するのであれば、とりわけ自分にとって受け入れやすい、面白い物語に注意すべきだということになるでしょう。

『ネットはなぜいつも揉めているのか』書影『ネットはなぜいつも揉めているのか』(津田正太郎、筑摩書房)

 そのようなフェイクニュースや陰謀論が民主主義にとってなぜ危険なのかと言えば、「全てが信じられない」という態度を助長しかねないからです。民主主義は他者に対するある程度の信頼を前提として成り立つ制度です。政治家も政府機関もマスメディアも全てが信じられないということになれば、その前提が崩れてしまいます。そうした状況下では、強力なリーダーシップによって全てを一挙に解決してくれそうな、反民主主義的な政治家が求心力を増すことになりかねません。

 2023年11月現在、ピザゲート事件の舞台となったピザ店は営業を続けていますが、その向かいのフランス料理店は2018年初頭に閉じてしまいました。地域の人びとに愛されたというその店の経営者は閉店にさいして「押し寄せる脅迫やヘイトに屈したわけではない」というメッセージを出しています。けれども、閉店を伝える記事を書いた記者は、やはり心労が閉店の決断の背後にはあったのではないかと示唆しています。