ソーシャルメディアには、人の好奇心や猜疑心を煽る「フェイクニュース」や「陰謀論」が溢れかえっている。冷静に見ると荒唐無稽なロジックであっても、なかにはそれを真に受け、糾弾するために犯罪行為に走る者までいる。民主主義をも揺るがす陰謀論に踊らされないために気をつけるべきこととは?本稿は、津田正太郎『ネットはなぜいつも揉めているのか』(筑摩書房)の一部を抜粋・編集したものです。
「ピザゲート事件」に見る
陰謀論とフェイクニュース
ソーシャルメディアが民主主義にもたらす脅威としては、陰謀論やフェイクニュースの拡散を促進してしまうということも論じられています。
陰謀論の簡潔な定義としては「過去、現在、未来の出来事や状況の説明において、そのおもな原因として陰謀を挙げるものを指す」というものが存在しています。もちろん、世の中を動かそうとする陰謀的な企ては実際に存在しますが、何でもかんでも陰謀との関係で説明しようとする議論は、どうしても陰謀論的な性格が強くなってしまいます。
そのような陰謀論とフェイクニュースとが組み合わさった事件としてよく知られているのが、米国で発生したピザゲート事件です。以下では、『ワシントン・ポスト』紙の詳細な記事をもとに、この事件のあらましをみておくことにしましょう。
2016年12月、ワシントンの小さなピザ店を銃で武装した男が襲撃するという事件が発生しました。幸いにして死傷者こそ出なかったものの、男を駆り立てたのは、ツイッターへの書き込みを起点として広まった「ヒラリー・クリントンを中心とする組織の拠点がそのピザ店の地下にあり、子どもへの性的虐待や殺害を繰り返している」という陰謀論でした。
男は時に銃で扉を破壊したりしながら数十分にわたって店内を捜索しますが、地下室はみつかりません。結局、陰謀の証拠を発見することはできないまま、男はピザ店を包囲した警察に投降しました。
もっとも、この男以外にも陰謀論を真に受けた人びとはたくさんおり、抗議のプラカードをもって店の前に立つ人物がいたほか、1日に150件もの脅迫電話が殺到していました。その意味では、男の事件はピザゲート事件のエピソードの一つでしかなかったとも言えます。
この陰謀論がソーシャルメディア上で盛り上がりをみせた要因は、クリントンがトランプの支持者から強い反発を受けていたことや、インフルエンサーやボットが噂をばらまいたこと、さらには陰謀の存在を示していそうな事実の断片が存在していたことに求められるでしょう。たとえば、クリントンの選挙資金集めのためのイベントをピザ店の所有者が店で行ったというのは事実でした。