すぐ「陰謀論」にハマってしまう人が知らない、意外なたった1つのこと「自分たちしか知らない真実」は、たいてい偽物。ここを理解していないと、簡単に陰謀論にハマってしまう(写真はイメージです) Photo:PIXTA

多くの人が、「よく考えなさい」「もっと頭を使って!」と言われたことがあると思います。しかし、そもそも「考える」とはどうすることなのか、本質や方法論は教えてもらっていない場合が多いのではないでしょうか。出口治明氏は、学生と教員の半数が海外からきている日本一グローバルな大学・立命館アジア太平洋大学(APU)の学長。このような多様性を肌で感じる場で、出口氏が実感しているのが思考力の大切さです。本記事では、「考える」とはどういうことか、新刊『働く君に伝えたい「考える」の始め方』をもとに、出口氏が語ります。

正しく知って、正しく考える

 なにかを考えるとき、何の情報もない、まっさらな状態から思考を組み立てることはできません。その対象、あるいは対象の周辺にある情報を「知る」必要があります。

 次の事業戦略を考えるのであれば、顧客アンケートを取ったり、他社のリサーチをしたり、現状の数字を用意したりする必要がある。世界平和について考えるなら、各国の歴史や価値観などを学ぶ必要があるでしょう。

「思う」や「悩む」との違いは、この「知る」プロセスが必要かどうかにあります。

 そしてその知識のかたまりを、論理的に、飛躍させずに組み立てていくのです。

 つまり、はじめに仕入れる知識が誤ったものであれば、どれだけ考えを組み立てようとしても正解にはたどりつけません。

 正しく知ってこそ、正しく考えることができる。これが原則なのです。

 もちろん、考える力がなくては正しい知識があっても意味がありません。いわば知識は武器で、考える力はそれを使いこなす筋肉。立派な刀がなければ戦えないけれど、その刀を手に入れたとして、振り回すだけの力がなければ宝の持ち腐れです。武器と筋肉、両方を手にして武将は強くなっていくのです。

 いい武器となる知識と、トレーニングを重ねて手に入れる思考力。

 どちらも欠かすことのできないものですが、まずは武器がなければ何も始まりません。

「自分たちしか知らない真実」は、たいてい偽物

 では、どこで正しい「知」を得ればいいか。これは意外かもしれませんが、信頼できる情報というのは、限られた人だけが手に入れられるものではありません。

「自分たちしか知らない真実」は、たいてい偽物です。ここを理解していないと、簡単に陰謀論にハマってしまいます。「隠された真実」に高揚し、自分で情報を集めたり考えたりすることを放棄し、怒りやヘイトを溜めるだけになってしまいます。

 公的な調査結果や統計はいまやネットにも掲載されていますし、図書館に行けば専門書や論文など、ファクトが並んだ情報を手に入れることができます。

 そういった情報は、ローデータ(見やすいように加工されていないデータ)のことも多く、自分で読み解く必要があります。しかしそこでの労を惜しまず、意図や思想が「介在していない」情報にあたることを意識してみてください。

深い知を持つ人ほど楽しそうに生きている

 さて、「知は力(Knowledge is power)」という言葉があります。

 16世紀から17世紀にかけて活躍した連合王国(イギリス)の哲学者、フランシス・ベーコンが唱えた、僕の大好きな言葉です。この言葉は文字どおり、「知識(知ること)こそが人間が生きていくうえでの力となる」ことを意味します。

 僕は人生の中で、幾度となくこの言葉を実感してきました。たくさんの、そして深い知を持つ人ほど力強く、楽しそうに生きているのです。論理的かつ合理的に考えることができるし、何歳になっても目をキラキラと輝かせて自由に生きている。

 しかし、「知ろうとしない人」はその逆です。自分の人生を切り拓くこともできないし、仕事で活躍することも、社会をよくすることもできないのです。

 そんな「無知で無力」な人間の姿とそのおそろしさを描いたのが、ジョージ・オーウェルの小説『一九八四年』。ジャンルで言うとSF。サイエンス・フィクションです。

『一九八四年』で描かれているのは、全体主義国家によって統治される近未来の世界です。統治しているのは、独裁者の「ビッグブラザー」。

 ビッグブラザーは情報操作を行って「ほんとうのこと」を隠しながら、市民の監視、思想統制といった圧政を敷くことで国を統治しています。市民はそれに黙って従っているわけですが、主人公(職業は“ビッグブラザーに都合の悪い歴史の改ざん”です)はその状態に疑問を抱くようになり――。

 と、ネタバレになってしまいますから、あらすじはここまで。高校生でも読めるような作品ですので、もし未読でしたら、ぜひ手に取ってみてください。

無知は誰の力になるのか

 ここで注目したいのは、ビッグブラザーの掲げるスローガンのひとつが、「無知は力(Ignorance is strength)」であることです。ベーコンの主張とは真逆です。この場合、無知はいったいだれの「力」になるのでしょうか?

 そこに住む市民、つまり僕たちではありません、政府です。国民が知識を持たないことが、政府が力を持つことにつながるのです。

 正しい知識を持つと、人々は余計なことを考えます。「その制度はおかしいやないか」と権力の批判を行い、従わなくなり、「そろそろ指導者を変えようや」と訴えはじめる。

 だからビッグブラザーは、市民に正しい知識を与えないのです。正しい知がなければ、考えることもできないのですから。

「おそろしいことをするやつらだ」と思ったでしょうか? しかしこれは、フィクションの世界の話ではありません。政治の本質そのものです。

 つまり、なにも考えない、文句も言わない、政治家にとって都合のいい市民を育てようと思ったら、「勉強させないこと」がいちばん効果的なのです。はたして、いまの日本がそうではないと言えるでしょうか。

 これは決して、陰謀論的な意味ではありません。政治についてきちんと知る努力をしてみんなが選挙に行くと、政治がひっくり返りやすくなる。つまりいま政権を持っている政党にとって、投票率の上昇は望ましくないことなのです。

 とんでもない政府や志のない政治家にとって、みなさんひとりひとりの「無知」はおおいなる後押しになります。政治を腐敗させてしまうこと、ひいては国を間違った方向に導くことにもつながるのです。そしてそれは直接、みなさんに返ってくる。理不尽な法律が通るかもしれないし、いつのまにか税金は高くなるかもしれないし、気づいたときには国全体が戦争に向かっていた、なんてことになるかもしれません。

 そう考えると、「知ろうとしないこと」が、ちょっと怖いことに思えてきませんか。