文章を書くことを仕事にしたことで、大企業の社長や起業家、科学者など、いわゆる社会的に成功した方々にたくさん取材する機会を得てきました。その数は、3000人を超えています。誰もが知る有名な会社の社長も少なくなく、「こんな機会はない」と本来のインタビュー項目になかったこともよく聞かせてもらいました。インタビューで会話が少しこなれてきているところで、こんな質問を投げかけるのです。
「どうして、この会社に入られたのですか?」
数千人、数万人、中には数十万人の従業員を持つ会社の経営者、あるいは企業を渡り歩いて社長になった人となれば、仕事キャリアに成功した人、と言って過言ではないと思います。仕事選び、会社選びに成功した人、とも言えるでしょう。ところが、そんな人たちの「仕事選び、会社選び」は、なんともびっくりするものだったのです。

【成功者の言葉】人生は誰にもコントロールできないPhoto: Adobe Stock

誰にもわからない未来について、頭をめぐらせても

 スポーツ選手や作家など「どうしてもこの職業に就くと子どもの頃から決めていた」という人がいる一方で、そうでない人もたくさんいました。

 その気はなかったのに、後にコンビを組む藤子・F・不二雄さんに誘われて漫画家になったというかつて会社員だった藤子不二雄Aさん。

 一度、東京を見てみたいと長崎から上京、千代田区役所に勤務していたとき、偶然、同僚にチケットをもらった劇団俳優座の公演がきっかけで、俳優の道に進むことになった役所広司さん。

 人間そっくりのアンドロイド研究で知られる大阪大学栄誉教授の石黒浩さんは、本当は画家になりたかったのだと語っていました。

 弁護士ドットコムの創業者で国会議員も務めた元榮(もとえ)太一郎さんが弁護士になったきっかけは、大学時代に交通事故に遭ったことでした。

 タレントの高田純次さんはデザイン学校でグラフィックデザインを学んでいて、小さな劇団から芝居のポスターを頼まれたところから、舞台の仕事に出会いました。偶然や縁や運やタイミングがきっかけで、その職業に就いた人も少なくなかったのです。

 3000人以上の方にインタビューをしてわかったことは、人生が思い通りに進んだ人など、まずいない、ということです。仮に「こうしたい」「こうしよう」と思ったとしても、その通りに人生が進んでいくことはまずない。ファーストキャリアでこうやって、次はこんなふうにして……などと人生が予定調和に進むことはほぼありません。

 さらに、世に出るには才能が必要なのは事実かもしれませんが、浅田次郎さんのように遅くとも25歳で小説家デビューできると思っていたら、40歳になってしまったという人もいる。

 紆余曲折あって、思いも寄らない方向に進んでいくことだってあります。それは当然で、自分自身がさまざまな体験によって変わっていくのはもちろんのこと、世の中は常に変化していくからです。とりわけ環境の大きな変化は、自分ではどうしようもない。

 バブル絶頂期に就活をした私の時代、最も人気があったのは、金融業界の都市銀行や証券会社でした。金融業界は安定した業界の筆頭とも言える存在で、安定を求めて銀行に就職した人も多かった。

 ところが、その後、どうなったか。今の若い人は知らないかもしれませんが、バブル崩壊後の金融不況で、なんと倒産する大手銀行まで出てきてしまったのです。証券会社も同様でした。当時、13行もあった都市銀行は、今やメガバンク3行に集約されています。

 安定した銀行で、キャリアを築こうとしていた人は、まったく目算が外れてしまったのです。これも忘れられない印象的な取材でしたが、解剖学者の養老孟司さんはこんなことを語っていました。

「学生って、そのときの景気の良い企業に入りたがるでしょう。でも、必ず僕くらいの年齢になると、ヒイヒイ言うことになる。結局ね、ダメなんですよ、人に生かしてもらったら。自分で生きなきゃダメなんです」

 人生は計算通りには行くものではありません。誰にもコントロールはできないのです。自分で生きていくしかないのです。

 逆に携帯電話業界やインターネット業界など、私の学生時代にはなかった産業が後に大きくなっていきました。当時、ユニクロやソフトバンクは、ほとんど誰も知らないブランドや会社でしたし、楽天はまだなかった。未来は簡単に読めるものではないのです。

 だったら、偶然や縁や運やタイミングや直感に委ねてしまう、というのも大いにありだと思うわけです。実際のところは、偶然とはいえ、何かピーンと来たから選んでいる。直感的に「これは自分には合わないな」と思ったら選ぶはずがない。

 面接官だったり、会社のエントランスの雰囲気だったり、オフィスの空気だったり、社内を歩いている人だったり。そういった印象が直感として総合的に判断されて、「なんか、ここいいかも」と決断につながることになった。当てずっぽうな計算なんかよりも、直感こそを信じたのだと思うのです。

 偶然に身を任せたことで、自然な形で自分を出せた、リラックスして気負わず素の姿を見せられた、とも言えるかもしれません。それが面接官に好印象を与え、「ああ、これならウチの会社に合う」と判断してもらえた。相手に素の自分を評価してもらえたのです。

 もしかすると志望動機も語れなかったかもしれない。でも、志望動機がうまく語れても入社できない人がいるように、逆もしかり、であることは多くの方がご存じだと思います。それこそ、もしかするとお互いの相性がすべてだった、のかもしれません。

※本記事は『彼らが成功する前に大切にしていたこと 幸運を引き寄せる働き方』上阪 徹(ダイヤモンド社)より、抜粋して構成したものです。