ジェフ・ベゾス自身の言葉による初めての本『Invent & Wander』が刊行された。100万部ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』などで知られるウォルター・アイザックソンが序文を書き、翻訳も100万部超『FACTFULNESS』などの関美和氏が務める大型話題作だ。
その内容は、PART1が、ベゾスが1997年以来、毎年株主に綴ってきた手紙で、PART2が、「人生と仕事」について語ったものである。GAFAのトップが、自身の経営についてここまで言葉を尽くして語ったものは二度と出てこないのではないか。
サイトとしてだけでなく、キンドル、プライム・ビデオ、AWSなど、多くの人が「アマゾンのない生活など考えられない」というほどのヒットサービスを次々と生み出し、わずか20年少しで世界のあり方を大きく変えたベゾスの考え方、行動原則とは? 話題の『Invent & Wander』からアイザックソンによる序文の一部を特別公開する。
アインシュタイン、ジョブズなどに並ぶ偉人は?
現在生きている人物の中で、私が伝記作家として描いてきた偉人たちに並ぶような人物は誰だと思うか、とよく聞かれる。これまでに描いたのは、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ベンジャミン・フランクリン、エイダ・ラブレス、スティーブ・ジョブズ、そしてアルバート・アインシュタイン。いずれも天才的な頭脳の持ち主だ。
だがこの人たちが特別なのは頭がいいからではない。頭のいい人なら世の中に星の数ほどいるが、そのほとんどは特別な存在というわけではない。大切なのは創造性とひらめきだ。真のイノベーターにはそれがある。そんなわけで、先ほどの質問への私の答えは、ジェフ・ベゾスである。
では、その創造性とひらめきの素になっているものは何だろう? そしてなぜ私はベゾスがあの巨人たちに並ぶと思うのだろう?
「飽くなき好奇心」がある
まず第一に、好奇心、それも飽くなき好奇心があることだ。
レオナルド・ダ・ヴィンチを例に取ってみよう。ダ・ヴィンチのスケッチブックは喜びに溢れ、自然のあらゆる領域に彼が心を躍らせ、やんちゃで並々ならぬ好奇心を持っていたのがそこに見える。彼は多岐にわたる無邪気な問いを無数に自問し、それに答えようとしていた。
なぜ空は青いのか? キツツキの舌はどんな形なのか? 鳥の羽ばたきは羽を上げるときと下げるときのどちらが速いのか? 水の渦巻きのかたちは巻き髪とどう似ているか? 下唇の筋肉は上唇の筋肉とつながっているのか?
そんな知識はなくてもモナリザは描ける(その知識は役に立ったが)。だが、好奇心の塊だったダ・ヴィンチは、知らずにはいられなかったのだ。
アインシュタインはかつてこう言った。
「私には特別な才能はない。ただ好奇心が異常に強いだけだ」
もちろん、この言葉がすべて正しいわけではないが(アインシュタインには特別な才能があった)、「知識より好奇心が重要」という彼の言葉は正しい。
「芸術」と「科学」を結びつけている
もうひとつの鍵になる特徴は、芸術と科学を愛し、そのふたつを結びつけていることだ。
iPodであれ、iPhoneであれ、スティーブ・ジョブズは新製品をお披露目するとき、プレゼンテーションの終わりにテクノロジーとリベラルアーツの交差点を示す標識をスクリーンに映し出した。
「テクノロジーだけでは十分ではない、という哲学がアップルのDNAにはあります」とジョブズは言った。「テクノロジーが人間性と結びついたとき、心を震わすようなものが生まれるのです」
アインシュタインもまた、芸術と科学を混ぜ合わせることが大切だと気づいていた。相対性理論の証明で壁にぶつかったときには、音楽が自分を地球のハーモニーとつなげてくれると言い、バイオリンを取り出してモーツァルトを演奏した。
レオナルド・ダ・ヴィンチもまた、芸術と科学が結びついた象徴とも言える偉大な作品を生み出している。たとえば、円と正方形の中に立つ裸体の男性を描いたウィトルウィウス的人体図は、解剖学、数学、美学、そして精神性の混じり合う究極の作品である。(中略)
あらゆるものごとに「驚きの念」を持っている
さらに、私が伝記を記してきた人物のすべてに共通するのは、彼らがあらゆるものごとにまるで子どものような驚きの念を持っていたことだ。
私たちのほとんどは人生のある時点で、日常的な現象を不思議に思わなくなる。教師も親もイライラして、くだらない質問ばかりするなと子どもに言う。大人は青空の美しさを感じることはできても、なぜ青いのかを不思議に思ったりはしなくなる。
だがダ・ヴィンチは驚きの念を持ち続けた。アインシュタインもそうだ。アインシュタインは友だちにこう書き送っている。
「君と僕は生まれながらに好奇心いっぱいの子どものように、偉大な謎に挑戦することをやめない」
何にでも不思議を感じる気持ちを人は失ってはならないし、子どもたちにもその気持ちを失わせてはならない。
「人文科学、テクノロジー、ビジネス」を融合させる
ジェフ・ベゾスはこうした特徴をすべて併せ持つ人物である。驚きの念をいつまでも失わない。子どものように目を輝かせてありとあらゆることを貪るように知りたがる。
彼がナラティブやストーリーテリングに興味を持つのは、アマゾンが書籍販売から出発したからというだけではない。物語に個人的な情熱を抱いているからだ。
子どものころ、ベゾスは毎夏、地元の図書館でSF小説を読みふけり、いまでは作家や映画制作者のために毎年研修会を開いている。また、ロボット工学や人工知能にことのほか関心を寄せたのもアマゾンのためではあったが、それが高じて彼自身の知的な情熱の対象となり、機械学習、自動化、ロボット工学、そして宇宙の専門家を招いて年に一度集まりを開くまでになった。
彼は偉大な科学や探検や発見の瞬間を記した歴史的な遺物を収集している。そしてこうした人文科学への愛とテクノロジーへの情熱に、ビジネス感覚を結びつけている。
この3つの組み合わせ──人文科学、テクノロジー、ビジネス──こそ、ベゾスが私たちの時代の最も成功した影響力のあるイノベーターである所以だ。
ベゾスもまたスティーブ・ジョブズと同じように、数多くの産業を根本から変えた。世界最大のECサイトであるアマゾンは、買い物のあり方を変え、私たちが配送や配達に期待するものを変えた。
アメリカの全世帯の半分以上がアマゾン・プライムに加入しており、2018年の配送個数は100億個にのぼる。その数はこの地球の人口より20億も多い。
iPhoneのアップストアが多くの事業者にこれまでにない販売方法を与えたのと同じように、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)はクラウドコンピューティングとアプリケーションを提供し、スタートアップや大企業が新製品やサービスを簡単に生み出せるよう支えている。エコーはスマートホームのスピーカー市場を新たに開拓し、アマゾン・スタジオは人気テレビ番組や映画を生み出している。
アマゾンはまた、医療と薬品業界の常識も破壊しようとしている。高級自然食品スーパーのホールフーズを買収したときはその判断に疑問の声が上がったものの、やがてこの買収は物理的な店舗に、小売とオンライン注文と超高速配送を結びつけるというベゾスの新しいビジネスモデルにおける秀逸な一手だったことがはっきりした。
これに加えてベゾスは重工業を宇宙に移すという長期的な目標を見据えて民間の宇宙開発企業を設立したばかりか、ワシントン・ポストの社主にまでなった。
もちろんベゾスには、スティーブ・ジョブズやその他の天才たちと同様、ときに人を激怒させるような部分もある。これほど有名になり影響力を持ってもなお、例の豪快な笑い声の陰にある彼の人物像はどこか謎に包まれている。それでも、その人生の軌跡と彼の書いたものをたどれば、何が彼を動かしているのかが見えてくる。(中略)
読者のみなさんは本書を通して、ベゾスのインタビューや著述や1997年以来彼がみずから綴ってきた株主への年次書簡から、多くの教訓を学び、隠れた真実を知ることができるだろう。
(本原稿は、『Invent & Wander──ジェフ・ベゾス Collected Writings』からの抜粋です)