生き物たちは、驚くほど人間に似ている。ネズミは水に濡れた仲間を助けるために出かけるし、アリは女王のためには自爆をいとわないし、ゾウは亡くなった家族の死を悼む。あまりよくない面でいえば、バッタは危機的な飢餓状況になると仲間…といったように、どこか私たちの姿をみているようだ。
ウォール・ストリート・ジャーナル、ガーディアン、サンデータイムズ、各紙で絶賛されているのが『動物のひみつ』(アシュリー・ウォード著、夏目大訳)だ。シドニー大学の「動物行動学」の教授でアフリカから南極まで世界中を旅する著者が、動物たちのさまざまな生態とその背景にある「社会性」に迫りながら、彼らの知られざる行動、自然の偉大な驚異の数々を紹介する。本稿では、翻訳家・エッセイストの村井理子さんに本書の読みどころを寄稿いただいた。

酒を飲むのが好きなベルベットモンキーの飲酒行動、人間の手から強引に食べ物を奪い取るヒヒの末路…奥深い動物の生態がたっぷり詰まった記録Photo: Adobe Stock

動物の世界を知り、人間について考える

 事件系ノンフィクションを専門として翻訳していると、年々人間が信じられなくなり、人間以外の動物に対する愛が深まると同業者が言っていたが、確かにその通りだと最近考えることが増えた。私自身も、毎年少なくとも一冊は連続殺人事件関連ノンフィクションを訳しているが、訳すたびに人間の恐ろしさ、残虐さが心に蓄積され、簡単に他者を信頼することは危険だし、町の至るところに殺人者がいるかもしれないと、物騒なことを考えるようになった。その結果としてかどうかはわからないが、私は愛犬家となった。元々愛犬家ではあったが、翻訳という仕事を続けるために、彼らは私の人生に欠かすことのできないパートナーだと考えるようになった。翻訳作業でささくれ立ってしまった心を癒やすのは、彼らの存在に他ならない。私は人間以外の動物に心を開くタイプの人間になったようだが、それが悪いことだとは思わない。というのも、人間以外の動物の世界を知れば知るほど、人間も悪くないのではと思えるようになったからだ。

 こんな事情もあって、プライベートで読む本は、ゴリラとか象とか鳥といった自然界の生き物に関する作品が多い。特に好きなジャンルは動物行動学だ。書物のなかで彼らの生態に触れるたびに、淡々と命を全うするその生き様に感動するし、感動すると同時に、彼らの社会も人間のそれに似ていることを知るのだ。特にチンパンジーやゴリラの群れに起きる事件や争いは、時として愉快であり、多くの場合で、もの悲しい物語がある。人間社会にそっくりだ。常に様々なストレスに晒され、傷つけ、傷つけられながら、それでも生きていくしかない人間が、彼らの平和維持の方法から学べることは多い(ような気もする)。

ミツバチさん、ありがとう

 巣を作り、コロニーを形成するハチのような小さな生き物の生態も興味深い。私たちが何気なく通り過ぎる場所にも、彼らの複雑な世界は広がっている。人間の暮らしとハチの存在は密接な関係があり、古代エジプトではハチミツを採取するために四千年以上前からミツバチを飼っていた。そのハチミツが、何万ものミツバチによる驚異的な労働による産物だと知れば、そうそう簡単に紅茶に入れるだとか、トーストに塗るなんてことはできないような気がする。少なくとも、「ミツバチさん、ありがとう」という気持ちとともに感謝しつついただくことになるだろう。そのような思わぬ発見が多いのが動物の世界だと言える。

 つまり、知れば知るほど奥深い。『ウォード博士の驚異の動物行動学入門 動物のひみつ』は、その奥深い動物の生態がたっぷり詰まった一冊で、動物好きには夢のような一冊だと言える。オキアミといった小さな生物から、チンパンジーやボノボといった大型の霊長類まで、幅広い動物の行動がこれでもかと記されている。心に残ったのは、酒を飲むのが好きなベルベットモンキーの飲酒行動は、人間のそれにそっくりらしいということ。ケープタウンで人間の手から強引に食べ物を奪い取るようになり、車や家のドアを開けられるようになったチャクマヒヒのフレッドの末路。人間の無責任な行動が動物の生態に及ぼす影響も忘れてはならない。かわいい、愛らしいだけではない動物の攻撃性についても随所で触れられている。

 簡潔でユーモアのある文体が読みやすい。知識をひけらかすのは嫌われるが、動物の生態を語ることはそれに当てはまらない。むしろビールを旨くする。おすすめの一冊だ。

村井理子(むらい・りこ)
翻訳家、エッセイスト
訳書にフリン『「ダメ女」たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『サカナ・レッスン』、トウェイツ『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』、ハイナース『イントゥ・ザ・プラネット』など、著書に『兄の終い』『村井さんちの生活』『全員悪人』『ハリー、大きな幸せ』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『いらねえけどありがとう』『家族』『本を読んだら散歩に行こう』『実母と義母』『はやく一人になりたい!』『ふたご母戦記』がある。

(本原稿は、アシュリー・ウォード著『動物のひみつ』〈夏目大訳〉に関連した書き下ろしです。)