多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。「ここまでわかりやすく傾聴について書かれた本はないだろう」「職場で活用したら、すぐに効果を感じた」と大反響を呼んでいます。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。
「部下の話をずっと聴いているのが苦痛だ」という上司の嘆き
私は企業の管理職研修に登壇する際、部下の話に共感する上で大切な姿勢として、「相手の話に興味関心を持つ」ことの重要性をお伝えしています。
すると、多くの方から同じような質問が寄せられます。それは、一言で言えば「部下の話の内容にまったく興味がもてない。ずっと聴いているのが苦痛だ」というものです。
例えば、以下のような質問を過去に受けたことがあります。
「1on1で部下の趣味の話を聴いていたのですが、アニメの話を延々と聴かされました。私はアニメに興味がないので苦痛でした。部下の話に興味を持つことの重要性はわかるのですが、このような場合、どうやったらアニメに興味関心を持てるのでしょうか」
この「アニメ」を「ジェット機」「トライアスロン」「アイドル歌手」「考古学」などに置きかえることが可能です。
なるほど、確かに僕自身もそれらに関しては興味がありません。しかし、その話に対して、強い興味関心を持って聴くことはできると思います。さて、どうすればそれが可能になるのでしょうか?
相手の「話の内容」ではなく、相手の「人柄」に興味をもつ
答えは簡単。話の内容すなわち「アニメ」に興味関心を持とうとするのではなく、目の前にいる「アニメ好きな部下」の人柄に興味関心を持つのです。
「彼はいつから、どのようなことがきっかけで、アニメが好きになったのだろうか?」
「彼にとって、好きなアニメと嫌いなアニメの境目は何だろうか?」
「彼が実写版のドラマや映画に興味がないのは、なぜだろうか?」などなど。
それをそのまま質問にしてもいいし、質問をしなくてもそのような問いを心の中に抱きながら話を聴くだけで、相手の話が興味深く聴こえてくるに違いありません。
上司「アニメが好きになったきっかけは何ですか?」
部下「私が初めてアニメに興味を持ったのは、スタジオジブリ制作の『となりのトトロです。あの映画に出てくる父親のイメージが、10年前に亡くなった私の父親にかぶって懐かしく思えるのです。子どもの頃に、父の実家の田舎で遊んだ風景に似ているようで。それからジブリの映画はすべて見るようになり、その後、自然と他のアニメにも関心を持つようになりました』
上司「なるほど……確かに『となりのトトロ』を見てると懐かしい感じがしますね」
部下「ええ。アニメのよいところは、現実世界の嫌なところを見ずに済むことです。実際の日々の生活や仕事ではさまざまなことがあって、それに対処しなければなりません。しかし、アニメを見ていると別世界にいるようで、心が洗われるような気がして……」
いかがでしょうか?
この部下の人柄、人格、パーソナリティーがその語り口から見えてこないでしょうか。アニメに興味関心を持てなかったとしても。部下の人柄に関心を持つことはできるはずです。そして、部下の人柄に「共感」することができるようになるのです。
(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。