世界のビジネスエリートの間では、いくら稼いでいる、どんな贅沢品を持っている、よりも尊敬されるのが「美食」の教養である。単に、高級な店に行けばいいわけではない。料理の背後にある歴史や国の文化、食材の知識、一流シェフを知っていることが最強のビジネスツールになる。そこで本連載では、『美食の教養』の著者であり、イェール大を卒業後、世界127カ国・地域を食べ歩く浜田岳文氏に、食の世界が広がるエピソードを教えてもらう。
白トリュフの「産地の罠」
白トリュフといえば、イタリアのピエモンテ州アルバが有名です。日本でも、イタリア料理の店だけでなく、高級なレストランでは幅広く使われるようになりました。ただ、日本では白トリュフに関する間違った知識が流通しています。
これは、日本人唯一のピエモンテ州公認トリュフハンターである富松恒臣さんに教わったことなんですが、アルバ産白トリュフ、という表現自体が高い確率で間違いです。
白トリュフは森の中で採れるのですが、行ったことがある方はご存じの通り、アルバは街なので森がほとんどありません。アルバでは採れたとしても週に1~2個程度で、日本に出回る確率は限りなく小さい。だから、アルバ産トリュフというのはまず間違いであるといっていい。しかしながら、これがややこしいのですが、アルバの白トリュフ、と呼べばそれは間違いではなくなります。
どういうことか。まず、アルバが産地でないことはほぼ確実なので、アルバで“採れた”という表現をしている業者やレストランはまず間違っています。
ただ現在のイタリアの法律で、イタリア国内で採れた白トリュフは、tartufo bianco del Piemonteもしくはdi Albaもしくは di Acqualagnaと呼んでいい、となっているのです。
つまり、ピエモンテの白トリュフ、アルバの白トリュフ、アクアラーニャ(マルケ州)の白トリュフと呼ぶのは合法なのです。だとしたら、たとえマルケ州などで採れた白トリュフだとしても、di Albaと付けておいたほうが何も知らない客が喜ぶ、ということです。
富松さんは同じピエモンテ州のトリュフハンター仲間からしか買わないので、彼の白トリュフはピエモンテ州産、アルバ近郊産だといえます。ただ、大手の業者のほとんどはピエモンテ州以外でも白トリュフを仕入れていますし、業者によってはイタリア産ですらなく、クロアチア産やブルガリア産なども扱っています。ピエモンテ産と混ぜてしまえば、素人にはほぼわからなくなってしまいます。
過去、日本に白トリュフを輸入している業者の中には、ピエモンテ産が解禁になる前のタイミングで他の地域のトリュフをピエモンテ産、と銘打ってレストランに売りつける業者もありました。彼らに時には脅されたりしながらも、富松さんが啓蒙活動を行ったおかげで、極端に悪質な事例は減ってきているかと思います。