理想の自分と現実とのギャップ

 このような危機は多くの人が経験します。

 たとえば、会社で営業として優秀だった人が管理職になったときに成果を出せず「優秀な社員」というアイデンティティを失うとか、ひとりっ子として可愛がられていたのに、妹や弟が生まれたことでその地位を奪われて「赤ちゃん返り」するとか、枚挙にいとまがありません。

 田中さんの場合は、仕事ができるようになって責任も大きくなりストレスも多くなったのに、これまでのストレス解消法であったプライベートでは逆に主役になれなくなったことで、無意識にメンタルが追い詰められてしまったのです。

 治療の軸になったのは「仕事もできて異性からチヤホヤされる私」という自己像を、「異性から褒められなくても自分で自分を認められる私」という方向へ変えていくことでした。

 他人からの承認をアイデンティティの中心においていると、何らかの理由で他人からの承認が得られなくなったときに、自己同一性が保たれなくなってメンタルが危機に陥ってしまいます。

 しかし、自己実現欲求の段階に移って、自分で自分を承認できるようになれば、他人からの承認を求める承認欲求はなくなります。