2024年7月14日放送のTBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」に、『すばらしい医学』の著者・山本健人氏が出演した。人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者(@keiyou30)が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。
「さよなら人類」の歌詞の意外な真相
酸素を吸って二酸化炭素を吐き出す。「呼吸」という活動を、漠然とこんなふうに捉えている人は多いのではないだろうか。あるいは、植物は二酸化炭素を吸って酸素を出し、動物は酸素を吸って二酸化炭素を出す。そう対照的に考える人もきっと多いはずだ。
1990年代の人気バンド「たま」のヒット曲「さよなら人類」は、「二酸化炭素をはきだして あのこが呼吸をしているよ」で始まる。
だがこの歌詞が真実なら、心肺停止で倒れた人にマウストゥーマウスで人工呼吸を行うとき、患者の体内には二酸化炭素が送り込まれるのだろうか?
酸素が足りないはずの患者に二酸化炭素を送り込んで人命を救助できるのだろうか?
むろん、そんなはずはない。
二酸化炭素はごくわずか
つまり私たちは、「酸素を吸って二酸化炭素を吐き出す」わけではないのだ。吸う息を「吸気」、吐く息を「呼気」という。
ここで、吸気と呼気の組成を見てみよう。吸気はもちろん、大気と同じ組成である。つまり、窒素が78パーセント、酸素が21パーセント、二酸化炭素は0.03パーセントである。
では、呼気はどうだろうか。実は呼気も、窒素が約78パーセントともっとも多く、酸素は17パーセント、二酸化炭素が4パーセント。こうして比較してみると、実は吸気も呼気も組成は大きく変わらない。
私たち動物は、吸い込んだ空気のうちごく一部の酸素を利用し、残りの大部分を排出する作業を繰り返しているだけなのだ。
人間は驚くほど「吸える」
今あなたは何気なく、空気を吸ったり、吐いたりしているだろう。いつも通り、吸う、吐く、吸う、吐く……と繰り返して、一旦「吸う」の後で止めてみよう。
さてここから、さらにどのくらい吸えるだろうか?
最大限吸ってみると、驚くほどたくさん吸えることがわかるはずだ。吸える最大量と比較すると、普段はわずかな量しか吸っていないのである。
逆の実験もしてみよう。今度は吸う、吐く、吸う、吐く……と繰り返して、「吐く」の後で止めてみよう。
ここから、さらにどのくらい吐けるだろうか?
やはり吐ける量が意外にも多く残っていることに気づくはずである。以上の実験からわかるのは、私たちは想像以上にしっかりと「余力」を残して吸ったり吐いたりを繰り返している、ということだ。
小さなペットボトル1本分の空気を出し入れ
普段、ふつうに呼吸をしているときに出入りする空気の量を、「一回換気量」という。読んで字のごとく、一回の呼吸で換気される容積のことだ。
健康な成人であれば、一回換気量は約500ミリリットルである。つまり、呼吸によって毎回、小さなペットボトル1本分の空気を出し入れしている、というわけだ。
一方、500ミリリットル吸った時点から、さらに吸える量を「予備吸気量」という。量に個人差はあるが、おおむね2~3リットルほどある。先ほどの実験で「驚くほど吸える量が残っていた」と感じた人は多いと思うが、予備吸気量は一回換気量の四倍以上もあるのだから、さもありなんである。
逆に、500ミリリットル吐いた時点から、さらに吐ける量を「予備呼気量」という。これが、約1リットルある。一回換気量の二倍である。
先ほどの実験を思い出そう。
「意外にも吐ける量が残っていた」と感じた人は多いと思うが、「吸えるほうの余力」よりは少ないと感じたはずである。
さて、あなたはこれまで「最大限吸った位置(最大吸気位)」と、「最大限吐いた位置(最大呼気位)」を両方とも体験した。最大吸気位から最大呼気位までの容積を「肺活量」という。
最大限吸った後に、どのくらい吐き出せるか、を示す数字だ。「肺活量」は日常会話でよく使われる言葉だが、医学的にはこのような定義がある。
さらに、重要な点がもう一つある。
シュノーケルの筒を長くすればどれほど深く潜っても呼吸し続けられる?
実は、「最大限吐いた位置」にたどり着いても、肺の中の空気がすべて排出されるわけではないということだ。このとき残っている空気の量を「残気量」と呼び、これが約1.5リットルある。
思い切りため息をついて、すべての空気を吐ききったつもりでも、かなりの量の空気がまだ体内に残っているのだ。余談だが、私が幼い頃に初めてシュノーケルを使って泳いだとき、ふと頭をよぎった疑問がある。シュノーケルの筒を長くすれば、どれほど深く潜っても呼吸し続けられるのではないか。
もちろん、そんなことは不可能なのだが、その理由はわかるだろうか?
例えば長い筒を用意し、その中の容量が500ミリリットルだとしよう。ちょうど一回換気量と同じである。
このとき普段通り呼吸をしても、筒の中の空気だけが体の内外を出入りし、新鮮な空気はほとんど入ってこない。
さらに筒の容量を大きくして、肺活量と同じ4リットルほどにするとどうだろう。こうなると、思いきり吸って思いきり吐いても、行き来するのは筒の中の空気だけである。
あっという間に酸素が消費され、酸欠状態になってしまうのだ。
むろん容量だけが問題なのではない。
深く潜れば潜るほど大きな水圧が胸にかかるため、その水圧を上回る力で胸を広げなければ呼吸ができないという制約もある。
厳密に議論すれば話はもっと複雑になるため、ひとまずここまでにしておこう。
(本原稿は、山本健人著『すばらしい医学』を抜粋、編集したものです)
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)
外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に19万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)ほか多数。新刊『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)は3万8000部のベストセラーとなっている。
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