多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。「ここまでわかりやすく傾聴について書かれた本はないだろう」「職場で活用したら、すぐに効果を感じた」と大反響を呼んでいます。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。

「この人と話すと元気が出る」と思われる人がひそかに考えていること・ベスト2写真はイメージです Photo: Adobe Stock

「浅いコミュニケーション」と「深いコミュニケーション」の違い

「傾聴」には二つのゴールがあります。
 一つ目は、話し手の「感情」に共感すること。二つ目は、話し手の「信念価値観」に共感することです。

 コミュニケーションは「浅いレベル」から「深いレベル」まであります。

 いちばん浅いレベルが「できごと」を聴くことです。例えば、「昨日、浅草に行ったんです。人がたくさんいました」というレベル。心理学的に言えば、これはきわめて「浅いコミュニケーション」です。ここに話し手の「心」は一言も触れられていないからです。

 二つ目のレベルは「思考」を聴くことです。「ロジカルシンキング」や「分析」が違いでしょう。例えば、「浅草は混んでいました。インバウンドが増えてきたのが原因ですね」。これが思考のレベルで、まだまだ「浅いコミュニケーション」です。思考を聴いているだけでは、人なりが少しだけしか見えてこないからです。

「深く対話する」とは、どういうことか?

 三つ目のレベルが「感情」を聴くことです。例えば、こんなふうに聴いてみるのです。

「ほぉ、浅草は混んでいましたか?(できごと) それを見てどう感じましたか?(感情)」

 これに対して、話し手は人によって異なる答えを返すでしょう。

「にぎやかでワクワク(感情)しました」という人もいれば、「コロナに感染しそうで怖くなり(感情)ました」という人もいれば、「混んでいて億劫(感情)になりました」という人もいるでしょう。同じできごとに遭遇しても、抱く「感情」は人それぞれであり、それが「人となり」なのです。そして、この「感情」に共感することこそが、相手と深く対話をすることであり、相手を知ることなのです。

深いレベルでの無意識の思い込み

 そして、それよりさらに深いコミュニケーションが、「信念価値観」に共感するということです。

「信念価値観」とは、「~すべきである」「~してはならない」という深いレベルでの無意識の思い込みです。この「信念価値観」は、人類80億人全員が持っており、一人あたりの数は数百~千にも及ぶとされています。

 これらの思い込みは幼少期に両親や学校などですり込まれたこと、および自らが幼少期に体験した成功体験、失敗体験の際に無意識に決意したものです。

 例えば、「人に迷惑をかけてはいけない」「目立ってはいけない」「目上の人の言うことを聞かなければならない」「相手に合わせなくてはいけない」などなど。これらの多くは、社会で生存していくための知恵であることが多く、必ずしも間違っているものではありません。

 そのため、これらが「生きる知恵」として柔軟に活用されている分には問題はありませんが、それにかたくなに固執してしまうと自らの選択肢が狭まり、チャレンジや行動が阻害されたり、場合によっては、他者との関係性に困難が生じるがう可能性があるのです。

「信念価値観」が意識化されているか否か

 そして、「信念価値観」が柔軟に活用されるか、頑なに固執してしまうかを大きく左右するのが、「その信念価値観が意識化されているかどうか」というポイントです。

 幼少期に無意識に心に刻まれ、大人になっても自覚化されていない「信念価値観」は、得てして融通の利かない凝り固まったものになりがちです。一方で、自分にはこのような「信念価値観」があるのだなと意識化された時に、それがゆるみ、柔軟に活用することができるようになるのです。

 だからこそ、話し手により無自覚に語られるストーリーの中に「信念価値観」を見つけた聴き手は、それに焦点を当てて「○○という信念価値観があるように聞こえますが、いかがですか?」と確認するのです。

相手が大切なことに気づく「瞬間」

 例えば、部下との関係に悩んでいる若手管理職がいるとします。その管理職は部下のことを思って、さまざまなチャレンジをすすめているのですが、部下がなかなか「その気」になってくれない。その姿に、モヤモヤした「感情」を抱いていたのですが、「傾聴」を通して、そのモヤモヤした「感情」とは、「がっかり」「落胆」という「感情」だったこと、さらには、その「感情」の裏には、「部下に対してすごく期待している」という「感情」があったことに気づいたとしましょう。

 そんなときに、例えば、「もしかしたら、なんですけど……あなたは、『常に成長を目指して研鑽を積むべき』という信念価値観をお持ちですか?」と尋ねて、「もちろんそうです」という答えが返ってきたとしましょう。それに対して、「それは頼もしい」などと肯定(共感)すると、相手のなかに自然と、「あ、そうか……もしかしたら、俺は部下に『常に成長を目指して研鑽を積むべき』という信念価値観を押し付けていたのかな? それで、ひとりで勝手にモヤモヤしたり、がっかりしたりしていたのかもしれない……」といったことに気づくかもしれません。

 このように「感情」への共感だけでなく、無自覚に語られる深いレベルでの「信念価値観」にも共感することができれば、相手が自然と大切なことに気づくことがあるのです。これが、「傾聴」の本質的な機能なのです。

相手の「信念価値観」を受け容れる

 ここで大切なのは、相手がかたくなに固執している「信念価値観」であったとしても、それを「否定」するのではなく、「あなたはそういう信念価値観をもっているのね」と受け容れることです。すると、相手に気づきが起こり、凝り固まったものがゆるみます。逆に、その「信念価値観」を否定したりすると、そのことに反発して、相手の思考はそれ以上深まらないのです。

 そして、相手に中に、深い気付きが生まれれば、個別の問題へ「モグラ叩き」のように対応するのではなく、問題の根本を解消することができるようになるでしょう。

 さらに、最も「深いレベル」で共感してもらえたことで、聴き手に対する「安心感」「信頼感」「心理的安全性」が芽生えます。そのとき、話し手は「この人と話すと元気になる」といった感覚を覚え、そこに深い「人間関係」が生まれるのです。

「できごとレベル」の「情報共有」や「雑談」を何百回繰り返そうと「人間関係」に大きな変化は起きませんが、たった一度、わずか15~30分の短い時間でも「感情レベル」で共感してもらい、さらにその奥にある「信念価値観レベル」でも共感をしてもらうと、一瞬にして聴き手との間にケミカルで劇的な関係の変化が起きるのです。つまり、優れた聞き手は、相手の「感情」と「信念価値観」のことをじっと考えているということです。

15~30分であっても、「深い対話」は強いパワーをもつ

 この「信念価値観」の共感に注力している会社の一つにグーグル社があります。
 同社における、個人レベルの目標は「OKR(Objectives and Key Results)」と呼ばれるものであり、それは個人の「信念価値観」に基づきボトムアップで設定されるものです。そして部下の目標設定に必須な情報である、部下一人ひとりの「信念価値観」を上司が知る場が1on1です。つまり、本物の「傾聴」ができれば、皆さんが行っている1on1や各種面談、会議をアップデート、バージョンアップすることができるのです。

 このように、たった一度、わずか15~30分の短い対話であっても、「感情レベル」「信念価値観レベル」で共感することができると、「人間関係」に劇的な変化が生じるのです。

(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。