一方で、こうした事例を単なる幻覚や終末期のせん妄と解釈するかどうかは、判断に迷うところだ。とりわけ終末期のせん妄は、こうした事例の圧倒的多数で報告される安らかでポジティブな感情をともなわないことが多く、両者を同一視しかねる理由もそこにある。

 さらに言うと、わたしはこのカテゴリーで、患者が亡くなった身内や宗教的なテーマではなく、存命している人についての支離滅裂で体験的なビジョンや幻覚を語っている事例にまだ出会ったことがない。したがって、そのどこか風変わりな側面をかんがみても、こうした報告を単なる幻覚やせん妄だと拙速に決めつけず、当面は静観しているほうが賢明なのかもしれない。

ロシア音楽の大作曲家は
死の床で何を聞いたのか

 それではあらためて、これらの事例をどう考えればいいのだろうか?ここで、現段階でのわたしたちの見方が集約されていると思われる歴史的な教訓を紹介しよう。ロシアの作曲家セルゲイ・ラフマニノフは、アメリカ国内での最後の演奏旅行に出たとき、体調が急変して重体に陥った。演奏旅行は中止となり、ラフマニノフはビバリーヒルズの自宅に運ばれた。そこは彼が少し前に、「ここでわたしは死ぬだろう」と、この世での終の棲家となることを予言していた家だった。

 1943年3月28日の夜、ラフマニノフは死の淵にいた。息づかいがしだいに遅くなり、気配が静まり、まぶたが落ち……と、突然、彼はふたたび目を開けて顔を輝かせた。

 音楽が、彼の最後の音楽が聞こえたのだ。どこか近くで鳴っているはずだ、とラフマニノフは周囲を説得しようとしたが、ほかの人々には何も聞こえなかった。その場にいた彼以外の全員が、音楽など鳴っていないと言い張った。あなたが死に瀕しているこの部屋は静まりかえっています、と。

 やがてラフマニノフは説得をあきらめた。「では、この音楽はわたしの頭のなかで鳴っているのであろう」。そして枕にまた頭を横たえ、その後まもなく亡くなった。