錦織圭、マリア・シャラポワ、大坂なおみ、ネリー・コルダ……指導した数々の選手を世界トップレベルに導いてきたトレーナー界のカリスマ、中村豊。彼に指導を受けた選手たちは、アスリートとして大幅なステップアップを遂げています。
中村はトレーニングによってのみ身体能力が向上するわけではなく、必要なのは「トレーニング」「リカバリー」「栄養」の3つのメソッドだと語ります。そして、この3つを適切に行えば、一般の人でも身心が健全に整い、若さを持続できると主張するのです。その実践方法を分かりやすく具体的にまとめたのが、中村の初著書『世界最高のフィジカル・マネジメント』です。本記事では、その中村トレーナーが、アメリカのスポーツビジネスに関する最新状況をレポートします。
日本で実績を残したアスリートの多くは、さらなる飛躍の場を求めて海外に飛び立っていきます。そして海外、特にアメリカで成功をつかんだアスリートには日本とは比較にならないほど莫大な報酬がもたらされます。なぜ日本とアメリカでこれほどの差が生じるのか。アメリカの最新スポーツビジネスの現状をお伝えします。
スポーツは、いま最も注目されるビジネスである
野球でもバスケットボールでも、日本のスタープレーヤーがアメリカのプロチームと契約すると、サラリーが10倍近くに跳ね上がるケースが多々あります。
日米では人口差もあり、またアメリカのスポーツは国外もマーケットとなるため、サラリー差が生まれるのは必然です。しかし、最も大きな違いは、アメリカではスポーツがビジネスとして捉えられている点だと思います。
日本のスポーツ界では、お金の話はいまもタブー視される傾向があります。日本で最もメジャーなスポーツであるプロ野球界でも、選手の年俸はあくまで推定として発表されます。
アメリカではアスリートの契約金や年俸はオープンにされ、スター選手がいかに高額の契約を勝ち取るかに注目が集まります。その金額こそが、選手の価値を示す指標と考えられているからです。プロスポーツはビジネスの一環であり、大金を稼いで成功者になるための方法なのです。
さらに、アマチュアスポーツにおいても、ビジネス化が顕著になっています。日本からアメリカの大学にスポーツ留学した学生が驚くのが、スポーツ施設の充実ぶりです。たとえばアメリカンフットボールであれば5万人以上収容できるスタジアムを持っている大学はいくつもあります。カレッジスポーツでも、スタジアムと最新の設備を維持できるだけの収益システムが構築されているのです。
アメリカの4大テレビネットワーク(NBC、CBS、ABC、FOX)では、NFL(アメリカンフットボール)、NBA(バスケットボール)、MLB(野球)、NHL(アイスホッケー)、さらに、ゴルフ、テニス、UFC(格闘技)といったスポーツが毎日必ず生中継されています。それくらいスポーツが日常に浸透しているのです。
特に4大スポーツであるNFL、NBA、MLB、NHLはシーズンをずらして開催されるので、1年を通してプロスポーツを楽しめる環境になっています。
アメリカではいまだテレビの影響力は強く、スポーツ中継は人気コンテンツです。特に最近はスポーツ専門局であるESPNが注目を集めています。スポーツに特化することで、報道機関としてのクオリティも格段に高まっています。記憶に新しいところでは、大谷翔平選手の通訳である水原一平氏の詐欺事件を暴く発端になったのもESPNでした。スポーツにおいては、CBS等のメジャー放送局よりESPNのニュースのほうが信憑性が高いとされているのが現状です。
名だたるテック企業が
ビジネスチャンスを求めてスポーツ界に参入
ESPNはディズニー傘下にあるのですが、ディズニー全体の業績が頭打ちになっているなかで、ESPNはドル箱的な存在になっています。そのESPNの成功を見て、アメリカ経済を牽引する名だたるテック系企業が、スポーツビジネスに参入し始めているのです。
AmazonはNFLの中継を始め、さらにNBAと提携する話が進行しています。アメリカのプロサッカーリーグ「メジャーリーグサッカー」にリオネル・メッシがやってきたことに目をつけたAppleは、リーグの放映権を買い取りました。
今アメリカではモータースポーツのF1が爆発的に人気を集めていますが、そのきっけとなったのはNetflixが制作したF1のドキュメンタリー番組でした。現在アメリカではオースティン、マイアミとラスベガスでF1のレースが行われていますが、さらに開催地を増やす話が出ているくらいの盛り上がりです。
この番組の予想以上の反響によってNetflixはスポーツコンテンツのパワーに気がついたのです。ゴルフやテニスのドキュメンタリーも手掛け始め、スポーツの生配信の手始めとして、テニスの新旧No.1プレーヤー、ラファエル・ナダルとカルロス・アルカラスの試合を配信しました。テニスはアメフトや野球などと比べてグローバルなスポーツなので、Netflixの世界戦略の一環として期待されています。
このようにメジャーなテック系企業がメディアに進出し始めていますが、そのメインターゲットはスポーツ中継なのです。その放映権の販売で、各スポーツは大きな収益を得るようになっています。各団体の収益は各チームに分配され、それが選手のサラリーの原資になります。
アメリカのスポーツ選手のサラリーが高いのは、こうしてスポーツを上手くビジネスに結びつけるシステムが機能しているからなのです。また、前回の記事でも紹介したように、アメリカではスポーツビジネスを世界に拡大していく動きが活発になっています。
こうした様々な努力や工夫が、スポーツをよりビッグビジネスに進化させているのです。
(本記事は、『世界最高のフィジカル・マネジメント』の著者が書き下ろしたものです)
ストレングス&コンディショニングコーチ
1972年生まれ。高校卒業後アメリカにテニス留学。スポーツトレーナーという職業に興味を持ち、カリフォルニア州チャップマン大学で運動生理学、スポーツサイエンスを学ぶ。1998年、サドルブルック・テニスアカデミーのトレーニングコーチに就任。2000年、女子テニスプレーヤー、ジェニファー・カプリアティのトレーナーに就任し、翌年世界No.1に導く。2004年よりIMGアカデミーに所属し、錦織圭のトレーニングを14歳から20歳まで受け持つ。2011年よりマリア・シャラポワの専属トレーナーに就任。シャラポワの黄金期を7年間支える。2020年6月、大坂なおみの専属トレーナーに就任。わずか2ヵ月でスランプに陥っていた大坂を再生させ、全米、全豪と立て続けのメジャータイトル奪取に貢献。世界のプロスポーツ界で最も注目されるフィジカルトレーナーのひとり。トレーナーとしての豊富な経験と知識を生かし、一般の人に向けた入門書『世界最高のフィジカル・マネジメント』を上梓した。