錦織圭、マリア・シャラポワ、大坂なおみ、ネリー・コルダ……指導した数々の選手を世界トップレベルに導いてきたトレーナー界のカリスマ、中村豊。彼に指導を受けた選手たちは、アスリートとして大幅なステップアップを遂げています。
中村はトレーニングによってのみ身体能力が向上するわけではなく、必要なのは「トレーニング」「リカバリー」「栄養」の3つのメソッドだと語ります。そして、この3つを適切に行えば、一般の人でも身心が健全に整い、若さを持続できると主張するのです。その実践方法を分かりやすく具体的にまとめたのが、中村の初著書『世界最高のフィジカル・マネジメント』です。本記事では、その中村トレーナーが、アメリカのフィジカル・マネジメントに関する最新状況をレポートします。
日本ではここ数年、毎日あらゆるメディアで大谷翔平選手の一挙手一投足が報じられています。7月16日(日本時間17日)に行われたMLBオールスター戦でも豪快な3ランを放ち大きな話題となりました。彼の活躍は今や日本人にとって最大の関心事といっても過言ではないでしょう。それでは、大谷選手は現地アメリカでは実際にどのような存在なのか? またプロのトレーナー目線から見た大谷選手の凄さとは? 中村トレーナーが伝えます。

全米も熱狂するスーパースター大谷翔平Photo: Adobe Stock

アメリカ人にとっての
「大谷翔平」という存在

 日本では大谷選手の話題がテレビで取り上げられない日はないと聞いています。それでは、アメリカでの大谷選手の注目度はどうなのか。

 つい最近の話題として、7月10日に行われた米スポーツ界のアカデミー賞と呼ばれる「ESPY賞」で、大谷選手が「最優秀MLB選手」を受賞しました。4年連続の受賞となり、これは史上初の快挙として大きな話題になっています。

 アメリカではプロスポーツの注目度が非常に高いので、大谷選手の活躍も日々メディアに取り上げられています。

 特にESPNという世界190カ国に配信されている人気のスポーツ専門チャンネルでは、その日のトピックを伝える60分の番組の中で、2~3分は必ず大谷選手の情報が流されます。またESPNでは頻繁に大谷選手の特集も組まれています。

 僕がスポーツ界にいることもあるでしょうが、大谷選手の名前は日常生活の中でも普通に耳にします。一般のアメリカ人にとってのヒーロー、というレベルではないかもしれませんが、スポーツ好きの人々にとって大谷選手はスーパースターであることは間違いありません。

 また、スポーツビジネスという観点からも、大谷選手は非常に重要な存在になっています。アメリカで人気のある4大スポーツNFL(アメリカンフットボール)、NBA(バスケットボール)、MLB(野球)、NHL(アイスホッケー)はアメリカ発祥で(NHLはカナダ)、基本的にはアメリカ国内のスポーツといえるものです。

 しかし近年、アメリカのスポーツ界では、4大スポーツの人気を海外に拡大していこうとする動きが顕著になっています。

 最大の成功例としてバルセロナオリンピック(1992年)に送り込まれたバスケットの「ドリームチーム」が挙げられるでしょう。マイケル・ジョーダン、マジック・ジョンソンといったスーパースターのプレーに世界中が熱狂し、よりNBAの認知度が高まったわけです。

 同様にNFLもマーケット拡大のためにメキシコで試合を開催したり、ヨーロッパでのイベントなども企画されています。

 そしてMLBも開幕試合を国外で行ったり、以前は軽視していたWBC(ワールドベースボールクラシック)に主力選手を送り込むなどして海外マーケットを開拓しているところです。アメリカのスポーツ界にとって大谷選手はその意味でも象徴的な存在になっています。大谷選手は野球というスポーツをよりグローバルに展開するための、アイコンとしての役割を期待されているのです。

トレーナー目線から見た大谷選手の凄さ

 日本にいる時と比べて、大谷選手の身体が一回りも二回りも大きくなっていることは誰の目にもあきらかでしょう。これは徹底した筋力トレーニングの賜物であることは間違いないはずです。

 僕は大谷選手が日々どんなトレーニングを行っているか非常に興味があって、人を介してリサーチしたことがあります。あれだけ財力があるスター選手であれば、最新の器具等を使っているかもしれず、自分にも参考になるのではと考えたのです。しかし、実際のところは、通常の器具で基本的なトレーニングを日々欠かさずにこなしているということを知りました。正しいフォームでの地道なトレーニングこそが、大谷選手の肉体を作ったのです。

 彼の筋肉の付き方の特徴は、腰回りがしっかりしていることです。お尻の大臀筋、内ももの内転筋がかなり発達していると感じます。また上半身の大胸筋や広背筋もかなり鍛えられています。これらの筋肉は野球をプレーするにあたって重要な動作である回旋力(骨を軸にして回転させる動き)を高めるために最も必要なのです。

 こういった理にかなった筋肉の付け方に、トレーニングを工夫していることが感じられます。そして、大谷選手のマネジメント力の高さもうかがえます。そのマネジメント力を象徴するのが以下の大谷選手の発言です。

「単純に練習を2倍やるわけではない。トレーニングで言えば、投手と野手、両方に共通するメニューを行うことで、みなさんが考えている以上に効率よく練習しています」

 まさに、この言葉に彼のクレバーさが表れていると思います。

 トレーニングについて、大谷選手より先にMLBで活躍しているイチローさんとダルビッシュ有選手の興味深い比較があります。

 イチローさんはある時期から筋力を増やすトレーニングを行わなくなりました。筋肉を増やしすぎて身体のバランスを崩すことを懸念したのです。僕がトレーナーとして考えるに、イチローさんは人間の身体は退化するという前提を考えているように感じます。年齢を経ても身体を変えずにいかに維持していくか、そのためにイチローさんは柔軟性を保つストレッチを多く取り入れています。

 一方ダルビッシュ選手はトレーニングによって身体は進化し続けることができると考えています。

 それぞれ超一流のプレーヤーなので、どちらの考えが正しいとは一概にはいえません。ただ、イチローさんとダルビッシュ選手の年齢は10歳以上離れています。その年代差が2人の考えに影響を与えているのではないかと考えることもできます。

 スポーツ科学は日々進歩しています。トレーニングだけでなく、食事やリカバリー方法も研究されています。最新の理論を実践しているダルビッシュ選手だからこそ、年齢を経ても肉体は進化できるという考えに至ったのかもしれません。

 さらに大谷選手はダルビッシュ選手と10歳近い年齢差があります。大谷選手はダルビッシュ選手同様に肉体を進化させ続けています。大谷選手の場合、そこにさらにスピードという要素が加わっていると感じます。あれだけ大きな身体をスムーズに早く動かすことができるのは驚異的です。

 また、これは大谷選手自身が意識しているかは分かりませんが、右投げ左打ちというのはトレーナー目線でみると合理的です。右手で投げる動作は右から左への回旋運動になりますが、バッティングの左打ちは左から右への回旋運動になります。非常にバランスが取れた形になるのです。

 大谷選手が「リカバリー」という言葉をよく口にするのを、ご存じの方は多いと思います。彼はリカバリーのため、1日に10時間以上の睡眠を取るといいます。また食事にも徹底的にこだわり、タンパク質、ビタミンの摂取量をコントロールし、よほどの事情がない限り外食はしません。そして日々のトレーニングにより、現在の肉体と実績を築き上げたのです。

 僕が常々語っている身体を進化させるための「トレーニング」「リカバリー」「栄養」の3つのメソッドを、最高レベルで体現しているのが大谷翔平選手であると言えるのでないでしょうか。

(本記事は、『世界最高のフィジカル・マネジメント』の著者が書き下ろしたものです)

中村 豊(なかむら・ゆたか)
ストレングス&コンディショニングコーチ
1972年生まれ。高校卒業後アメリカにテニス留学。スポーツトレーナーという職業に興味を持ち、カリフォルニア州チャップマン大学で運動生理学、スポーツサイエンスを学ぶ。1998年、サドルブルック・テニスアカデミーのトレーニングコーチに就任。2000年、女子テニスプレーヤー、ジェニファー・カプリアティのトレーナーに就任し、翌年世界No.1に導く。2004年よりIMGアカデミーに所属し、錦織圭のトレーニングを14歳から20歳まで受け持つ。2011年よりマリア・シャラポワの専属トレーナーに就任。シャラポワの黄金期を7年間支える。2020年6月、大坂なおみの専属トレーナーに就任。わずか2ヵ月でスランプに陥っていた大坂を再生させ、全米、全豪と立て続けのメジャータイトル奪取に貢献。世界のプロスポーツ界で最も注目されるフィジカルトレーナーのひとり。トレーナーとしての豊富な経験と知識を生かし、一般の人に向けた入門書『世界最高のフィジカル・マネジメント』を上梓した。