世界に多大な影響を与え、長年に渡って今なお読み継がれている古典的名著。そこには、現代の悩みや疑問にも通ずる、普遍的な答えが記されている。しかし、そのなかには非常に難解で、読破する前に挫折してしまうようなものも多い。そんな読者におすすめなのが『読破できない難解な本がわかる本』。難解な名著のエッセンスをわかりやすく解説されていると好評のロングセラーだ。本記事では、ヤスパースの『哲学』を解説する。

読破できない難解な本がわかる本Photo: Adobe Stock

哲学にも認識論・存在論・言語論などいろいろ種類があるが、ヤスパースの『哲学』はまさに、「生きていくこと」と密接に結びついた哲学らしい哲学だ。特に哲学と精神医学がタッグを組んでいるので、人の苦悩についての特効薬となっている。

限界状況にぶつかって真の自己を見出す

『哲学』というかなりシンプルなタイトルです。これはヤスパースの「実存哲学」のことなので、科目としての「哲学」ではありません(哲学の全体を知るには、「哲学史」か「哲学概論」の本がおすすめです)。

 ヤスパースによると、私たちは科学的知識が絶対に正しいと信じていますが、そこを反省しなければなりません。

 科学は、公理と仮説によってなりたっているために、公理から一歩奥に踏み込んだ根拠を示すことはできません(「なんで、世界はあるのか?」など)。

 また、科学はそれ自身の内部で完結した体系をつくろうとします(だから、自分の人生全体を説明することはできない)。

 これに対して哲学は科学よりも一歩踏み込んだところを知りたいという欲求から成り立ちます。よって、科学的知識において、哲学的知識を成り立たせることができるのです。

 ヤスパースは実存主義の立場をとります。彼の説く「実存」とは決して客観にならないような私の全体であり、ここではキルケゴールの「他人と取り替えのきかない私」という視点が強調されます。

 ヤスパースは、実存がだんだんとアップグレードしていく段階を示し、特に実存が自分自身を呼びさます要因として、「限界状況」と「交わり」を説きます。

 実存はいつも一定の歴史的状況におかれているという「限界状況」を自覚することで自己の目覚めに達するのです。

「限界状況」とは身近な人の「死」や自分自身の「死」、また「苦悩」、「争い」、「罪責(ざいせき)」などの人間が回避できない状況です。

人との交わりこそが実存のあり方

 ヤスパースによると、この「限界状況」の内において、実存は存在の全体としての「包括者」を理解します。

「包括者」とは理性によって「私たち・意識一般・精神」、あるいは「世界・超越者」と理解されます。理性は、それぞれに「包括者」に適する形で世界を照らしますが、順に乗り越えて「超越者」(神)へと到達していくのです。

 神を知るということは、別に特定の宗教を意味しているわけではありません。

 要するに理性の限界性を知れば、人生はそのような言葉にできない領域に照らされるわけです。だから、歴史的に神が出現してきたと考えられるでしょう。

 実存はこの「超越者」をどうやって知ることができるのでしょうか。ヤスパースによると、「超越者」の言葉は暗号として現れます。

 それは実存に「直接的な言葉」「神話や啓示」、また「実存相互の伝達の言葉」、さらには、「哲学的伝達の言葉」の形で表現されます。この声は暗号ですから具体的にどのようなものかは説明されていません。

「形而上学を通じて私たちは超越者としての包括者の声を聞く」(同書)。

 要するに哲学をすることもまた、私たちには見えないし聞こえない何かと対話する方法なのです。

 私たちは挫折の中で徐々に自己を高めていき、最終的に誰でもこの声を聞くことができるとされています。

 また、ヤスパースが強調するのは、「実存的交わり」です。私たちは、様々な状況の中で、人との交りをもつことによって、互いを理解しながら自己のあり方を確認していきます。

 この相互承認はどうしても他人と私のぶつかり合いとなりがちですが、ヤスパースは、これを「愛しながらの闘い」と表現しています。

 闘争の中に連帯があり、闘いつつも実存相互のきずなの深さを知ることができるのです。