世界に多大な影響を与え、長年に渡って今なお読み継がれている古典的名著。そこには、現代の悩みや疑問にも通ずる、普遍的な答えが記されている。しかし、そのなかには非常に難解で、読破する前に挫折してしまうようなものも多い。そんな読者におすすめなのが『読破できない難解な本がわかる本』。難解な名著のエッセンスをわかりやすく解説されていると好評のロングセラーだ。本記事では、ヤスパースの『哲学』を解説する。
哲学にも認識論・存在論・言語論などいろいろ種類があるが、ヤスパースの『哲学』はまさに、「生きていくこと」と密接に結びついた哲学らしい哲学だ。特に哲学と精神医学がタッグを組んでいるので、人の苦悩についての特効薬となっている。
限界状況にぶつかって真の自己を見出す
『哲学』というかなりシンプルなタイトルです。これはヤスパースの「実存哲学」のことなので、科目としての「哲学」ではありません(哲学の全体を知るには、「哲学史」か「哲学概論」の本がおすすめです)。
ヤスパースによると、私たちは科学的知識が絶対に正しいと信じていますが、そこを反省しなければなりません。
科学は、公理と仮説によってなりたっているために、公理から一歩奥に踏み込んだ根拠を示すことはできません(「なんで、世界はあるのか?」など)。
また、科学はそれ自身の内部で完結した体系をつくろうとします(だから、自分の人生全体を説明することはできない)。
これに対して哲学は科学よりも一歩踏み込んだところを知りたいという欲求から成り立ちます。よって、科学的知識において、哲学的知識を成り立たせることができるのです。
ヤスパースは実存主義の立場をとります。彼の説く「実存」とは決して客観にならないような私の全体であり、ここではキルケゴールの「他人と取り替えのきかない私」という視点が強調されます。
ヤスパースは、実存がだんだんとアップグレードしていく段階を示し、特に実存が自分自身を呼びさます要因として、「限界状況」と「交わり」を説きます。
実存はいつも一定の歴史的状況におかれているという「限界状況」を自覚することで自己の目覚めに達するのです。
「限界状況」とは身近な人の「死」や自分自身の「死」、また「苦悩」、「争い」、「罪責(ざいせき)」などの人間が回避できない状況です。
人との交わりこそが実存のあり方
ヤスパースによると、この「限界状況」の内において、実存は存在の全体としての「包括者」を理解します。
「包括者」とは理性によって「私たち・意識一般・精神」、あるいは「世界・超越者」と理解されます。理性は、それぞれに「包括者」に適する形で世界を照らしますが、順に乗り越えて「超越者」(神)へと到達していくのです。
神を知るということは、別に特定の宗教を意味しているわけではありません。
要するに理性の限界性を知れば、人生はそのような言葉にできない領域に照らされるわけです。だから、歴史的に神が出現してきたと考えられるでしょう。
実存はこの「超越者」をどうやって知ることができるのでしょうか。ヤスパースによると、「超越者」の言葉は暗号として現れます。
それは実存に「直接的な言葉」「神話や啓示」、また「実存相互の伝達の言葉」、さらには、「哲学的伝達の言葉」の形で表現されます。この声は暗号ですから具体的にどのようなものかは説明されていません。
「形而上学を通じて私たちは超越者としての包括者の声を聞く」(同書)。
要するに哲学をすることもまた、私たちには見えないし聞こえない何かと対話する方法なのです。
私たちは挫折の中で徐々に自己を高めていき、最終的に誰でもこの声を聞くことができるとされています。
また、ヤスパースが強調するのは、「実存的交わり」です。私たちは、様々な状況の中で、人との交りをもつことによって、互いを理解しながら自己のあり方を確認していきます。
この相互承認はどうしても他人と私のぶつかり合いとなりがちですが、ヤスパースは、これを「愛しながらの闘い」と表現しています。
闘争の中に連帯があり、闘いつつも実存相互のきずなの深さを知ることができるのです。
富増章成(とます・あきなり)
河合塾やその他大手予備校で「日本史」「倫理」「現代社会」などを担当。
中央大学文学部哲学科卒業後、上智大学神学部に学ぶ。
歴史をはじめ、哲学や宗教などのわかりにくい部分を読者の実感に寄り添った、身近な視点で解きほぐすことで定評がある。
フジテレビ系列にて深夜放送された伝説的知的エンターテイメント番組『お厚いのが、お好き?』監修。
著書『21世紀を生きる現代人のための哲学入門2.0 現代人の抱えるモヤモヤ、もしも哲学者にディベートでぶつけたらどうなる?』(Gakken)、『日本史《伝説》になった100人』(王様文庫(三笠書房))、『図解でわかる! ニーチェの考え方』、『図解 世界一わかりやすい キリスト教』『誰でも簡単に幸せを感じる方法は アランの『幸福論』に書いてあった』(以上、KADOKAWA)、『超訳 哲学者図鑑』(かんき出版)、『オッサンになる人ならない人』(PHP研究所)、『哲学の小径―世界は謎に満ちている!』(講談社)、『空想哲学読本』(宝島社文庫)など多数。
【著者からのメッセージ】
私たちはなぜ本を読むのでしょうか。それは「本は人類が積み上げてきた叡智のアーカイヴだから」です。本は、人に知識や喜怒哀楽すべての豊かな経験を与えてくれる存在です。ときに読んだ人の人生を変えてしまう本だってあるでしょう。
この本で紹介しているのは、本のなかでも特に多くの人に読み継がれていたり、あるいは数千年という時を経ても今なお読まれている本、つまり「名著」です。
「名著」にはそう呼ばれるだけの理由があります。たとえば多くの人が今悩んでいることのほとんどは、この長い歴史上で誰かがすでに徹底的に考えていることです。紀元前という昔に遡っても、人間はやはり人間なのです。だから、もしあなたに悩みや、疑問に感じていることがあるなら、それらの答えのヒントはほぼ「名著」のなかにあるのです。
「目標がないし、やる気も出ない」「思考が乱れて集中できない」「健康なのに、なぜか疲れを感じる」「勉強したいが、どこから何をしたらいいのかわからない」「働いても働いても、楽にならないのはなんでだろう」「歳をとってきて、だんだん楽しみが減ってきた」
そんな悩みは、この本で紹介する「名著」のエッセンスを手に入れればたちまち解決するはずです。自分で思い悩むよりずっと気分が晴れること、請け合いです。
ところで、「名著」の多くは、とても難解で、それでいて分厚いものが多いです。しかし、名著が難解なのには、実は理由があります。分厚い古典的「名著」は、その時代背景と常識を前提として書かれているので、多くの場合、現代の私たちにとっては説明不足なのです。また、その学問世界の専門用語を「知ってるんでしょ?」という前提のもとに書かれていますから、こっちはわかるわけがない。
「名著」は、下手をすると一冊をしっかりと理解するのに20年以上かかります(それでも、さらに疑問は増えていきます)。普通に生きて普通に暮らしている私たちには、そんな時間はありません。つまり、「名著」とは基本的に「読破することができない本」なのです。
人生は短い。だからこそ「名著」をまず、おおざっぱに理解して、興味が出たら原典にあたればよいのです。この本では、古今東西の「名著」のうち哲学から心理学、経済学まで選りすぐった60冊のエッセンスをイラストとともにわかりやすく解説していきます。
※収録した60冊は、『ソクラテスの弁明』(プラトン)、『方法序説』(デカルト)、『実践理性批判』(カント)、『現象学の理念』(フッサール)、『歴史哲学講義』(フッサール)、『ツァラトゥストラはこう言った』(ニーチェ)、『存在と時間』(ハイデガー)、『存在と無』(サルトル)、『自由からの逃走』(フロム)、『社会契約論』(ルソー)、『資本論』(マルクス)、『論理哲学論考』(ウィトゲンシュタイン)、『グーテンベルクの銀河系』(マクルーハン)、『ポストモダンの条件』(リオタール)、『複製技術時代の芸術』(ベンヤミン)、『アンチ・オイディプス』(ドゥルーズ&ガタリ)、『21世紀の資本』(ピケティ)など。
もちろん原典と比べてその情報量は雲泥の差です(本書の場合、500ページ以上ある本も見開き4ページにまとめているのだから)。でも、なんにも読まないよりずっといいでしょう? そう思いませんか。分厚い本を一冊買って、読まないで部屋に飾っておくより、本書を電車の中で読んだほうがよいのではないでしょうか。
必ずしも時代順になっていないので、どこから読んでもOKです。パラッとめくって、全体を眺め、どんなふうに自分の役に立ちそうかを考えます。それぞれの本は、関連を他のページとリンクしてあります。つながりの意味については、本書の冒頭に収録した「ひと目でわかる名著の関連図」を参照してください。
ぜひ本書を活用して、自由な思考法を手に入れて、人生の難問解決をはかり、明日に向かって進んでください。きっと、すばらしい未来が広がっていくことでしょう。