元首相も入居していると言われる“超高級老人ホーム”が、近年注目を集めている。これらを徹底取材したのが、ノンフィクションライター甚野博則氏による『ルポ 超高級老人ホーム』だ。本記事では、発売前から話題となっている本書の出版を記念して、内容の一部を抜粋し再編集してお届けする。なお、本書では施設名を実名で掲載している。

【入居金5億円超】富裕層の街にそびえる「パークウェルステイト西麻布」。地主夫婦が入居しなかった意外なワケ西麻布はセレブの街として名高い(Photo: Adobe Stock)

メディアで話題の
「パークウェルステイト西麻布」

 森田健一さん(仮名)と妻の恵美子さん(仮名)が都内一等地にある超高級老人ホームに入居したのは2023年4月だ。夫の健一さんは72歳、妻の恵美子さんは77歳だった。

 入居にあたっては、高級住宅街に建つ施設をいくつか見学したという。

 中でも、先日メディア向けに施設が公開され話題になった「パークウェルステイト西麻布」(2024年10月開業予定)は富裕層の間でも注目を集めていたようだ。

 同施設は三井不動産レジデンシャルウェルネスの運営で、最も高額な部屋に75歳の夫婦が入居した場合の一時金は約5億4千万円。それに加え、約52万円の月額利用料(共益費と基本サービス料)が加算される。

 帝国ホテルによるダイニングサービスや入居者限定プールを有しているのも特徴だ。ホームページを見ると、都会の最上級ホテルかと思わせる内装で、食事、健康、それに設備面でも申し分ないほど充実している。

 しかし森田さん夫婦が、ここを選ばなかったのは、まだ建物が完成しておらず生活するイメージが湧かなかったことに加え、こんな理由があった。

5つの路線の電車が利用できるということでしたが駅から遠く、建物の周囲に坂道が多くて、それほど利便性を感じませんでした。一方、現在入居している施設は建物が新しいわけではないですが、バスを使った交通の便がいいことや、近くに息子が住んでいたこと、もともと私たちが住んでいた東京郊外のエリアにも行きやすかったというのがあります」

入居を後押しした息子の一言

 そんな森田さん夫婦も、入居の直前まで自分たちが老人ホームに住むとは想像もしていなかったと話した。

 特に妻の恵美子さんは70年以上もの間地元である東京の郊外で暮らしており、見ず知らずの土地に住むことなど考えたこともなかった。

 では、なぜ突然、気持ちが変わったのだろうか。始まりは次男からのこんな問いかけだったという。

「具体的にこれから先どうするの?」

 この質問が現実を直視するきっかけになった一方で、次男から「これまで長く住んでいた自宅を離れられるか」と問われたときは即答できなかったという。

 病院も歯医者も習い事も、全て地元にある。そう簡単に地元を捨てることなどできないと恵美子さんは思った。

 また当時、中小企業の経営者である夫の健一さんは、親から引き継いだ商社を営んでいた。現在は社長のポストを後継者に譲っているが、新経営者の会社運営が軌道に乗るまでは健一さんがサポートを続けている。

 さらに健一さんはもう1社、法人化している貸しビル業の代表でもある。東京郊外の一等地にビルを持ち、テナントを維持管理しながら、夫婦はビルの最上階を自宅にしていた。

 メディアで話題の施設でも、すべての人にとって最上級とは限らないのであった。

(本記事は、『ルポ 超高級老人ホーム』の内容を抜粋・再編集したものです)

甚野博則(じんの・ひろのり)
1973年生まれ。大学卒業後、大手電機メーカーや出版社などを経て2006年から『週刊文春』記者に。2017年の「『甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した』実名告発」などの記事で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」のスクープ賞を2度受賞。現在はフリーランスのノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌などで社会ニュースやルポルタージュなどの記事を執筆。近著に『実録ルポ 介護の裏』(文藝春秋)がある。