生き物たちは、驚くほど人間に似ている。ネズミは水に濡れた仲間を助けるために出かけるし、アリは女王のためには自爆をいとわないし、ゾウは亡くなった家族の死を悼む。あまりよくない面でいえば、バッタは危機的な飢餓状況になると仲間に襲いかかり、動物園の器具を壊したゴリラは怒られるのが嫌で犯人は同居している猫だと示す…といったように、どこか私たちの姿をみているようだ。
ウォール・ストリート・ジャーナル、ガーディアン、サンデータイムズ、各紙で絶賛されているのが『動物のひみつ』(アシュリー・ウォード著、夏目大訳)だ。 シドニー大学の「動物行動学」の教授でアフリカから南極まで世界中を旅する著者が、動物たちのさまざまな生態とその背景にある「社会性」に迫りながら、彼らの知られざる行動、自然の偉大な驚異の数々を紹介する。「オキアミからチンパンジーまで動物たちの多彩で不思議な社会から人間社会の本質を照射する。はっとする発見が随所にある」山極壽一氏(霊長類学者・人類学者)、「アリ、ミツバチ、ゴキブリ(!)から鳥、哺乳類まで、生き物の社会性が活き活きと語られてめちゃくちゃ面白い。……が、人間社会も同じだと気づいてちょっと怖くなる」橘玲氏(作家)と絶賛されている。本稿では、その内容の一部を特別に掲載する。(初出:2024年3月28日)
とてつもない災厄をもたらす
人類は地球を支配する動物であり、我々に害を及ぼし得る動物、我々の利益を損ない得る動物がいたとしてもそれを抑えつける、あるいは排除することができる。
ただ、一種だけ、人類の多くに壊滅的な被害をもたらす恐れがあるにもかかわらず、ほぼ対抗手段がない、という動物がいる。
それは、「現代に蘇ったメガロドン」というような架空の動物でもなければ、人食いトラなどでもない。
その動物とはバッタである。
この昆虫は、何十億という数が群れを成し、休むことなく長い距離を移動し続け、通った場所のほぼすべてを破壊し尽くす。
通り道に住む人たちにとっては、大災害である。農作物はすべて食い荒らされるし、草木の葉も皆、食われてしまう。バッタの群れが通ったあとは、野火が通ったあとのようにまったく何もなくなってしまうのだ。
バッタの群れの到来は、音でわかる。はじめはかすかな音だが、それが次第に大きくなっていく。無数のバッタたちが翅を振動させる音、そして、植物を齧る音だ。
バッタは数があまりに多く、密集しているため、頭上にあるはずの太陽がまったく見えなくなるほどである。バッタの通り道になった場所では、人々が躍起になって撃退しようとする。タイヤに火をつけることもあれば、溝を掘ることもある。殺虫剤が散布されることもある。
巨大な群れの進行は止まらない
しかし、そんな努力は無駄だ。
一匹一匹のバッタは弱い存在かもしれないが、群れになると無敵だ―何をどうしてもその巨大な群れの進行を止めることは決してできない。二〇〇四年には、季節外れの大雨が降ったあとに突然発生したサバクトビバッタの大群により、北西アフリカの人々が甚大な被害を受けることになった。
モロッコで最初に記録された大群は、たった一つの群れだけで、ロンドンからシェフィールド、あるいはワシントンD.C.からフィラデルフィアくらいの幅の広大な土地を途切れなく覆ってしまった。
その群れの中だけで、地球上の人口の一〇倍もの数のバッタがいた。バッタたちは通り過ぎた土地をすべて荒廃させていく。大事に育てられた農作物を食い荒らし、あとには茎しか残さない。
食うものがなくなると、バッタたちは移動するのだ。
この大群はとてつもなく遠い場所にまで到達した。
壊滅的な被害
大群から分かれた群れの一つ、一億匹ほどから成る群れが、出発地点から一〇〇〇キロメートル離れたフエルテベンツラ島にまで達したと言えば、そのすごさがわかってもらえるだろうか。
過去にはさらに長い距離を移動した例もある―たとえば、一九五四年には、北アフリカからイギリスにまで達した大群があった(また、一九八八年には、西アフリカから大西洋を渡ってカリブ海にまで達した大群もいた)。
このとてつもない昆虫の災害は、全世界の陸地の五分の一に及ぶ地域を脅かしている。
その中には、世界の最貧国もいくつか含まれている。バッタたちはどこへ行ってもその場所に壊滅的な被害をもたらす。それだけでも十分に大変な事態なのだが、さらに大変なのは、対処すべきバッタの種が地域ごとに違っているということだ。
大発生は世界各地に
近年では、中米、南米の両方が、その地域の土着のバッタの大量発生によって大きな被害を受けるようになった。中国やインドでも、その地域の固有種のバッタが周期的に大発生して大きな被害をもたらしている。
二〇一〇年には、オーストラリアでバッタが大発生し、東部の農業の中心地でスペインにも匹敵するほどの面積に被害を与えた。
バッタの種を問わず、大発生はただ農作物を壊滅させるだけではない。それ以外にも様々な連鎖的な被害をもたらす。バッタたちは移動している間、共喰いもするので、通り過ぎた場所には死骸が大量に積もることになる。すると、突然降って湧いたごちそうを食べるネズミなどの動物も急激に数を増やすことがある。
つまり災厄が別の災厄を呼ぶわけだ。
(本原稿は、アシュリー・ウォード著『動物のひみつ』〈夏目大訳〉を編集、抜粋したものです)
40億年を生き延びた生物が教えてくれること――訳者より
ある日突然、この世界から自分以外の人間が消えたら、と想像したことが誰でも一度くらいはあるのではないだろうか。
自分以外に人がいないとまず、電気が来ない、水道もガスも出ない。電車もバスも走らない。しばらくは生きられるかもしれない。食料はスーパーなどに行けば一応、ある。日持ちのするものもなくはないし、水はある。ただ、それも時間の問題だ。そう長くは生きられないに違いない。
人間は支え合って生きている。つまり人間は「社会的な動物」である、ということだ。それは精神的な意味だけでなく、もっと切実な物理的な意味でもそうだ。群れを成し、集団で生きる動物なのである。どれほど孤独を好む人ですらそうだ。
社会的な動物と聞いて思い浮かべるのはどの動物だろうか。よく知られているのはハチやアリだろうか。動物園でサルの群れを見たことがある人もいるだろう。オオカミやライオンも群れを成すし、イワシなどの魚も水族館で大群で泳いでいるのを見ることができる。集団で生きているものを社会的な動物と呼ぶのだとすれば、そうでないものをあげる方が難しいかもしれない。
本書はアシュリー・ウォード著“The Social Lives of Animals”の全訳である。直訳すると「動物の社会生活」となるタイトル通り、オキアミやバッタからチンパンジー、ボノボに至るまで様々な社会的動物の生態を詳しく解説してくれる。
だいたい進化の順(人間から遠い順)に並べているのだと思うが、読んでいて感じるのは、結局、どの動物も共通の祖先から生まれた親戚なのだなということである。もちろん、種ごとに大きな違いはあるのだけれど、本質的な部分に違いはない。人間もそこに含まれる。著者も文中で言っている通り、人間と動物の違いは量的なものでしかなく、質的なものではないということだ。
四十億年の時を超えて生き延び、今、生きているのだから、方向はそれぞれに違えど皆、必要にして十分な進化を遂げてきたのである。その意味で等価だ。どの生物も違う歴史をたどればまったく違ったものになっただろう。いずれも偶然の産物である。
皆、生き延びて子孫を残す、という目的は共通なのに、置かれた環境、経てきた歴史の違いにより私たち人間とどれほど違った、どれほど驚異的な生態の動物が生まれたのか、本書はそれを教えてくれる。
本書は一応、分類すれば「ポピュラー・サイエンス」の本ということになるのだが、読むのに高度な科学知識は必要ない。もちろん著者は専門の研究者として極めて科学的に研究をしているのだが、その成果の一つである本書は、言ってみれば「異文化理解の本」になっているからだ。
相手は人間ではなく、人間とは異種の動物たちだが、それぞれがどのような社会を作りどのように暮らしているかを知る、という意味では、外国の文化、社会を知る、というのと本質的には同じである。自分と異質なものを知りたいという好奇心のある人ならば誰でも楽しめるし、得るものがある。
本書にはもちろん、知らなかったことを知る喜びがあるのだが、単に雑学知識が増えるということではない。最も大事なのはそれまでになかった新たな視点が得られることだろう。視点が増えれば、長期的には人生がまったく違ったものになる可能性がある。本書が読者にとってそういう一冊になれば訳者にとってこれ以上の喜びはない。
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「「渡り鳥がVの字で飛行する際の驚くべき省エネ戦略や、ライオンの子殺しの真相など、次々と「動物のひみつ」が明らかになり、人間や動物の社会性って何なんだろうと考えさせられる。辞書のように分厚い本だが、あれよあれよという間に読み進んでしまい、感動の読後感が残った」(竹内薫氏・サイエンス作家)
☆ダヴィンチWEB・書評掲載(2024/4/10)☆
「突き抜けた動物愛を持つウォード博士の視点は、まさに独特。目次を見ると「シロアリは女王のために自爆する」「ゴリラは自分の罪をネコになすりつける」「クジラは恨みを忘れない」など、どれも興味深いものばかりです。厚さ約4センチで、読み応えたっぷりの一冊」(中村未来氏)
☆世界各国で絶賛続々! あなたの世界観が変わる瞠目の書!!☆
山極壽一(霊長類学者・人類学者)
「オキアミからチンパンジーまで動物たちの多彩で不思議な社会から人間社会の本質を照射する。はっとする発見が随所にある」
橘玲(作家)
「アリ、ミツバチ、ゴキブリ(!)から鳥、哺乳類まで、生き物の社会性が活き活きと語られてめちゃくちゃ面白い。……が、人間社会も同じだと気づいてちょっと怖くなる」
サンデー・タイムズ紙
「非常に印象的な本だ。ウォードは動物を細部までよく見ていて、生き生きと書いている」
ガーディアン紙
「魅力的で並外れた物語。サイエンスの面白さを伝えるとびきりの贈り物だ」
ウォール・ストリートジャーナル紙
「あらゆる場面で読者を驚かせるものが待っている。この本を支えているのは、著者のストーリーテリングの天賦の才能だ」
スティーブ・ブルサット(エディンバラ大学教授・古生物学者、ニューヨークタイムズ・ベストセラー著者)
「著者は動物が一般に考えられているよりもずっと社会的であることを明らかにする。最新の科学に深く切り込みながら、古い固定観念を打ち砕く。著者が描くのは、牙と爪で血の色に染まった自然ではなく、協力と協調にあふれた自然の姿だ」