「選手からするとメディアは、悪ければ叩かれますが、やはりちやほやしてくれるというイメージを持っています。もっと、緊張感のある関係があっていいと思います」(「放送レポート208号」での対談)

 作家の辺見庸氏は、著書のなかでこう指摘している。

「私たちの喜怒哀楽、私たちの快不快は、私たちの意識が決めているのではない。私たちは、資本の自在な触手であり、もっとも忠実な尖兵でもあるメディアに意識を根こそぎ収奪され、メディアによて生産された意識をロボトミーのように注入されている」(「たんば色の覚書」毎日新聞)

 様々な演出によって作られたスポーツ番組を視聴者は、なんの疑問も抱かずに受け入れてしまっているのだ。

スポーツ中継の
本当の役割とは?

 イギリスのBBC・ITVのスポーツ番組について第三者機関の提出した報告書に、次のような指摘がある。

「彼ら(BBCとITV)がするべきことは、人びとを楽しませることだけでなく、スポーツの基本原理を教え、理論だけを振り回す評論家気取りの視聴者の理解力を高め、そのうちのある人びとをスポーツに積極的に参加するように鼓舞することである。しかし、批判的であることなしに教育的であることは難しく、もしスポーツと各メディアの関係があまりに緊密であると、批判することは困難な状況となる」(トニー・メイソン著「英国スポーツの文化」同文館)

 日本でのスポーツとテレビとの関係は、緊密どころか完全に癒着してしまっている。そして、テレビは、視聴者を楽しませて視聴率を稼ぐことしか考えず、スポーツの理解力を高めたり、スポーツへの参加を鼓舞するような課題を持ち合わせていない。

 北京オリンピックの放送権料として1億8000万ドルを分担して支払うNHKと民放は、合わせて1000人近くを現地へ送り込む。果たしてどのような番組が作られるか注視したい。