「毒親に植え付けられた『ネガティブな性格』を書き換える方法を教えましょう」
そう語るのは、これまでネット上で若者を中心に1万人以上の悩みを解決してきた精神科医・いっちー氏だ。「モヤモヤがなくなった」「イライラの対処法がわかった」など、感情のコントロール方法をまとめた『頭んなか「メンヘラなとき」があります。』では、どうすればめんどくさい自分を変えられるかを詳しく説明している。この記事では、本書より一部を抜粋・編集し、考え方次第でラクになれる方法を解説する。(構成/ダイヤモンド社・種岡 健)
「毒親」の影響
シンジさん(仮名)は、親からの厳しすぎるしつけを受けて育ちました。
それにより、「親のせいで自分は“指示待ち人間”になってしまった」と語ります。
過保護すぎたり、しつけが厳しすぎる環境に育つことは、いい子に育つように見えます。
しかし、「自主性が育たない」ということにもつながります。
最新の研究では、親が子どもに与えるしつけや教育の影響は、それほど大きいものではないことがわかっています。
とはいえ、家庭や養育環境が、その後の人生に悪い影響を与える可能性はあります。
アメリカでは過保護すぎる親のことを「ヘリコプターペアレント」と呼びます。
子どもの周囲をヘリコプターのように飛び回って世話を焼き、交友関係にまで口を出す。
ヘリコプターペアレントに育てられた子は、将来的に「燃え尽き症候群」になりやすいということが、フロリダ州立大学らの研究によって明らかになっています。
燃え尽き症候群というと、ストレスフルな環境で働く人が、急にうつ病っぽくなるような症候群として知られています。
さて、先ほどのシンジさんは、幼少の頃から「ある体験」をしてこなかったと語ります。それは何でしょう?
「この経験をさせてもらえなかった」
「受験はもちろん、部活の大会やコンサートなど、チャレンジする前には入念なリハーサルをしました。もちろん、親に言われるがままです。そして、もし失敗しそうなときは、『諦める』という選択をとることもありました」
幼少の頃から練習していたピアノでは、中学2年生のときにコンサートに出る前に、
「まだ本番には早すぎるし、あなたには向いていない」
ということを決めつけて、辞めさせられてしまいました。
母親がシンジさんのことを思って、「失敗したらかわいそう」と心配しすぎてしまうことが原因でした。
たしかに、自分の子が失敗して落ち込んでいるところは見たくないのでしょう。
しかし、そこから逃げさせてしまうことは、やるべきではありません。
大事なことは、「もし失敗しても立ち直れる」ということを教えることなのです。
「ピアノの発表会での失敗」「友達づくりでの失敗」「受験での失敗」……
シンジさんの母親は、「ヘリコプターペアレント」のように、それらの貴重な「失敗体験」を奪ってしまいました。
親の視点で、子どもが間違った方向に進もうとするのを、良かれと思って止めてしまうのです。
その結果、彼は受験や仕事など、ストレスに立ち向かう方法を自力で対処する方法を学べませんでした。
そうして、「指示待ち人間」と呼ばれたり、すぐに諦めてしまう考え方のクセがついてしまうのです。
「ネガティブな性格」を変える魔法
「指示待ち人間である」と自覚した時点で、そこから時間はかかりながらも徐々に自分を変えることが可能です。
自分で気づくことが何より重要です。
ここで大切なのは、すぐに何かを変えるのではなく、
「どうして指示待ち人間と言われるんだろう?」
と一度立ち止まって自分を見つめることです。
その上で、「なんとかしたい!」と、「理性的な自分」が自分のネガティブな性格を見つめられた時点で、人は変わり始めるのです。
シンジさんは、4つのステップに合わせて克服していきました。
① 自分の理想をイメージする
シンジさんには、まずは「理想の自分」を想像してもらいました。
「仕事で自分からアイデアを提案し、それが認められる自分になりたい」
そんな妄想をしてもらいました。
② 感情を数字で観察する
それではなぜ、アイデアを提案することが今までできなかったのでしょう。
そこで、どうして自分が動けないのかを一日の数字によって振り返ってもらいました。
上司に話しかけないといけないとき、
「30分以上、頭のなかでシミュレーションをしてしまっている」
ということに気づきました。
自分が言ったことが「恥ずかしい」のではないかと思ったり、「怒られたくない」と怖がっていたのです。
一日を振り返っていき、どの時間帯なら話しかけやすいかを考えます。
結果としては、朝や夕方を避けて、昼食後の休憩時間であれば、比較的スムーズに話していることに気づきました。
③ ジンクスの魔法を作ってみる
ランチの後の休憩時間なら話しかけやすい。そのことに気づくことができたシンジさんには、さらに楽しくて続けたくなるようなジンクスを考えてもらいました。
その結果、「ランチ後、テンションの上がる曲を1曲だけ聴いてから話しかけると、仕事がうまくいく」というジンクスを取り入れて、上司に話しかけるときの羞恥心や、恐怖心というハードルを下げることにしました。
④ 失敗しても繰り返してみる
そんなジンクスによって、彼のほうから上司に話しかける機会が増えました。
音楽を聴いてテンションを上げてから話すことで、上司からの見え方も変わってきます。
ときには、「いま忙しいから」と、面倒がられることもあったかもしれません。
ただ、失敗しても繰り返せることが、ジンクスの強みです。
もう一度、タイミングを見て、音楽を聴き直してから話しかけてみればいいのです。
そうすることで、いつしか「自分からアイデアを提案できる社員」になることができ、やがてそのアイデアが採用されることがありました。
ここまでくれば、もう大丈夫です。1つのハラ落ちする体験が、理想の自分へと変えていってくれたのです。
こうしてシンジさんは、自分が納得するジンクスを作ることによって、羞恥心や恐怖心に立ち向かうことができました。
そして、自分だけでなく周囲の評価まで変えるに至ったのです。
毒親が与えたトゲが足に刺さると、歩くたびにそれが痛むように、人間のネガティブな考え方のクセは「自動思考」として思考するたびに無意識に生じます。
そんなトゲを抜いて、前向きなジンクスをつくっていく。
毒親が与えてしまった「頑固なネガティブ」ですら書き換えられる方法として、ぜひ覚えておいてください。
(本稿は、『頭んなか「メンヘラなとき」があります。』の著者・精神科医いっちー氏が特別に書き下ろしたものです。)
精神科医いっちー
本名:一林大基(いちばやし・たいき)
世界初のバーチャル精神科医として活動する精神科医
1987年生まれ。昭和大学附属烏山病院精神科救急病棟にて勤務、論文を多数執筆する。SNSで情報発信をおこないながら「質問箱」にて1万件を超える質問に答え、総フォロワー数は6万人を超える。「少し病んでいるけれど誰にも相談できない」という悩みをメインに、特にSNSをよく利用する多感な時期の10~20代の若者への情報発信と支援をおこなうことで、多くの反響を得ている。「AERA」への取材に協力やNHKの番組出演などもある。