「決まって支給する給与」はマイナス
消費は今後、伸びるのか?

 実際、6月の勤労統計調査の現金給与総額で「決まって支給する給与」を見ると、対前年同月比はマイナス1.0%だ。ボーナスが増加したのは、定期昇給とは違って比較的調整しやすく、将来再び減らすこともできるので、企業には業績がよいときに増やすのは比較的、容易なのだろう。

 比較的規模が大きい事業所規模30人以上の企業でも、現金給与総額対前年比は0.9%増だが、「決まって支給する給与」はマイナス0.1%だ。

 このことを考えると、今回、実質賃金が増えたのはボーナスが中心だったと考えることができる。実質賃金上昇率のプラス転化が本当に定着したかどうかを見るには、まだ少しの時間が必要だ。

 なお、その際に、政府による電気・ガス料金補助の復活によって消費者物価上昇率が攪乱的な影響を受けることに注意が必要だ。

 また8月15日に発表されたGDP統計(2024年4~6月期1次速報値)でも、実質雇用者報酬(元系列)の対前年同期比がプラス0.8%になった。これまでは2021年10~12月期以降、マイナスが続いていた(季節調整値では23年10~12月期以降、プラスになっていた)。

 これまでは、実質賃金が伸びないために実質個人消費がマイナス成長となり、このため実質GDPがマイナス成長になっていたのだが、4~6月期では、実質個人消費支出の伸びが5四半期ぶりに前期比プラスになった。そして実質GDP成長率もプラスになった。

 名目GDP(季節調整値)の対前期比が1.8%増となり、年率換算で初めて600兆円を超えた。

 消費支出伸び率のプラス転換は、実質賃金の伸びと消費の伸びが今後も進むことを示唆しているように見える。

 ただし、これとは反するデータもある。6月の家計調査によると、勤労世帯の手取り収入が急増したにもかかわらず、2人以上の世帯の実質支出は前年同月より減少した。

 実質賃金の増加が安定した消費回復につながるかについても、まだしばらく様子をみたほうがいいかもしれない。

「単位労働コスト」上昇、生産性は低下
賃上げ分は価格転嫁で消費者負担

 今回の実質賃金対前年比プラス化で、より重要な第2の問題は、これまで長く続いた実質賃金下落の過程を覆せるかどうかだ。

 実質賃金の下落は極めて長期にわたる現象だ。2024年第1四半期における実質賃金(現金給与総額、5人以上の事業所)の実質賃金指数(令和2年平均=100)は84.2だが、これは1997年第1四半期の指数98.3に比べて14.3%も低い。こうした状態を克服し、97年の水準に戻すためには、実質賃金の伸びが長期にわたって継続する必要がある。それが実現するかどうかこそが重要だ。

 そして、これがどうなるかは、労働生産性の上昇が伴っているのかなど、賃金上昇のメカニズムに強く依存している。

 労働生産性を判断する指標は、「単位労働コスト」(ULC)だ。これは次式によって定義される。

 単位労働コスト=名目雇用者報酬÷実質GDP

 つまり、1単位の生産物を作るために必要とされる労働コストだ。単位労働コストは賃金要因と生産性要因に分解でき、賃金が生産性よりも上昇すれば単位労働コストは上昇し、物価上昇につながる。

 24年4~6月期のGDP統計速報のデータでこの値を計算すると、図表1に示す通りだ。

 最近の時点で、ULCの上昇が顕著だ。上記の定義式から分かるように、実質GDP成長率を超える名目雇用者報酬の伸びは、生産性を低下させることになる。

 最近の日本では、物価上昇によって消費支出が伸び悩み、実質GDP成長率が落ちていた。

 今春闘では、それにもかかわらず賃上げが行なわれた。物価上昇率が高くなったことに対処して、生産性は上がっていないのに力づくで賃金を引き上げたのだ。