日産自動車とホンダが統合に向けた協議を始めることで合意したのとほぼ同時に、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業が日産の新たな「親会社」として名乗りを上げていることが分かった。iPhoneの受託生産で成長してきた同社だが、近年はEV事業に参入するなど多角化を進めている。特集『日産 消滅危機』の#9では、ホンハイの実力と日産買収の狙いを明らかにするとともに、2016年に買収したシャープを例にホンハイによる買収後に日産を待ち受ける試練について解明する。(ダイヤモンド編集部 宮井貴之)
ホンハイのEV事業トップは日産の元ナンバー3
子会社シャープとも協業する同事業には課題も
日産自動車の買収に名乗りを上げた鴻海(ホンハイ)精密工業は、1974年に郭台銘(テリー・ゴウ)氏が創業したEMS(電子機器受託製造サービス)世界最大手の台湾企業だ。米アップルのスマートフォン「iPhone」の受託生産で成長を遂げた。日本では、2016年にシャープを買収したことで一躍注目を集めた。
「ソフトウエアをアップデートすることで、クルマの価値を下げずに長く乗れるようになる。これが電気自動車(EV)の美しさだと考えている」。東京都内で開かれた技術展示イベント「シャープテックデー」で、ホンハイのEV事業を束ねる関潤・最高戦略責任者(CSO)はEVの魅力についてこう強調した。関氏は日産のナンバー3から日本電産(現ニデック)社長に転じた後、23年にホンハイに招かれた人物だ。
この日、お披露目されたシャープのコンセプトモデルEV「LDK+」はホンハイが持つEVプラットフォームをベースに開発したものだ。車内を住居空間に見立て、シャープの持つAI(人工知能)やセンシング技術を搭載しているのが特徴だ。
今では売上高29兆円を稼ぐ巨大企業だが、ホンハイの歴史は白黒テレビのつまみの製造から始まった。
85年に米国に支社を設立した後、90年のITブームに伴う電子部品の需要拡大を受けて、パソコンなどの受託製造を開始した。郭氏による即断即決の経営スタイルで優良顧客を次々と獲得。アップルだけでなく、ソフトバンクのヒト型ロボット「ペッパー」やソニーグループのゲーム機など日本企業の製品も手掛けてEMS最大手に上り詰めた。
ホンハイが巨大企業に成長したのは郭氏による軍隊式管理の経営手法によるところが大きい。郭氏は「すぐに開発、すぐに量産、すぐに納品」を標榜。徹底的な生産の効率化を進めつつ、自ら生産ラインに足を運んで監視の目を光らせるなどスピードと高品質を両立させたことで、iPhoneのような高い精度が求められる製品の受注にも対応してきた。
iPhoneの普及とともに成長したホンハイだが、ここ数年は勢いが鈍化していた。業績が頭打ちとなる中、19年に創業者の郭氏に代わって半導体部門のトップを務めていた劉揚偉氏が董事長(会長)に就任。スマホの組み立て以外に、データセンター向けのサーバー事業やEV事業を新たな成長の柱と位置付け、収益拡大を目指している。
23年12月期決算は、売上高が前年比7%減の6兆1622億台湾ドル(約29兆1908億円)、本業のもうけを示す営業利益は同4.2%減の1665億台湾ドル(約7887億円)だった。新型コロナウイルス禍に伴う特需があった前期の反動の影響を受けて減収減益となったが、劉氏が就任した19年と比較すると営業利益は44.9%増となるなど、着実に業績を伸ばしている。
23年の製品別の売上高構成比では、スマホやゲームなど消費者向け製品(54%)に次いで、サーバー・ネットワーク機器の販売が22%を占めるなど、サーバー事業がホンハイの新たな収益の柱となりつつある。
米エヌビディアが開発した新型の高性能半導体を搭載したAIを手掛けていることから、市場からの注目度も高い。24年3月に100台湾ドル(473円)前後だった同社の株価は、世界的なAI半導体ブームの波に乗り、24年7月には3月の株価の2倍を超える場面があった。
EV事業は、21年のSUV「モデルC」の発表を皮切りに、商用車やピックアップ車などのコンセプトカーを矢継ぎ早に発表している。ただ、顧客として想定していた米新興EVメーカーが相次いで破綻するなど、成長軌道に乗れずにいた。
ホンハイが日産を買収の標的として定めた狙いは、EVの販路拡大にある。仮に3分の1の日産株式を取得する場合、5000億から6000億円の出資で、参入を目指していた米国や日本のEV市場に参入できる他、シャープの技術を活用したクルマ造りも可能になる。
もっとも、支配される側の日産にとっては、ホンハイの傘下に入ることは必ずしもメリットだけではない。次ページでは、16年にホンハイに買収されたシャープを例に、日産を待ち受ける「試練」の中身に迫る。