【前回までのあらすじ】敗戦のどさくさに紛れ、加山鋭達がひと財産を築いたのと同様、鬼頭紘太も海軍の仕事を請け負うなどしてダイヤモンドなどを蓄えていた。終戦後、鬼頭は、鳩山一郎による保守政党の結党のために財産を提供することにした。(『小説・昭和の女帝』#12)
昭和の女帝は、ついに「政界の黒幕」の身内として認められた
鳩山一郎を総理大臣にすると決めてから、鬼頭紘太の行動は早かった。
日本橋にある旧鬼頭機関のビルの地下と、日吉にある私立大学の隠し部屋から、現金7000万円と、ダイヤモンドとプラチナを詰めたミカン箱4つを運び出し、真木甚八邸に届けた。ラジウムなどは密かに真木邸の庭に埋めた。運び切れなかったタングステンは米英に接収されないよう、中国の杭州湾口に点在する舟山列島や国内の坑道などに隠した。
カネの使い道を真木老人に一任することに不安がないと言えば嘘になる。だが、GHQによるA級戦犯容疑者の逮捕の状況を見ていると、遠からず自分も巣鴨プリズンに入れられるのを覚悟せざるを得なかった。それならば、下手にカネの使い方にケチを付けるより、戦後復興のために財産を投げ打った男として名を残したほうがよいと判断した。真木老人は抜け目がないのでいくらか私的に使うだろうが、概して見れば、間違った使い方はしないはずだった。
一方、レイ子にとって、終戦直後の晩夏はかつてないほど多忙だった。
鳩山を党首とする新党の設立資金を捻出するため、河野一郎らとダイヤモンドやプラチナを売りさばいたのだ。残暑が厳しい中での地道な仕事だった。ダイヤモンドなどの出所が出所なので、東京で大っぴらに売るわけにはいかない。そこで彼女は、豪農や米屋を回ろうと提案した。疎開の経験から、田舎にはカネがあることを知っていた。
物価が上昇していたこともあり、宝石の需要はあった。しかし、いかんせん本物だと信じてもらうのに時間がかかった。地主を車で回り、政治談議をして信頼を得て、一つずつさばいていった。時には「円は紙切れになるかもしれない」などと、脅しめいたことも言った。効果てきめんだった。