スイス大統領vsトランプ大統領
減税交渉のはずが口論に…

 スイス時計産業にとって、アメリカは現在、輸出額の約25%を占めるNo.1市場だ。

 それ以前は中国・香港市場からの需要が高かったが、コロナ禍によるロックダウンや不動産バブルの崩壊で需要が低迷し始めた。入れ替わるように欧米や日本などでラグジュアリー・ウォッチブームが巻き起こった。その最大の担い手が、当時好景気に沸くアメリカ市場だった。

 だが、どんなブームにも終わりがあるように、この世界的なラグジュアリー・ウォッチブームも昨年秋から終わりに近づきつつある。2024年10月以降、スイスの対外時計輸出額は前年比マイナスが続いている。

ロレックスなどスイス企業の“根回し”で関税緩和?「トランプ氏のご機嫌とり」を拒否した気骨ある時計メーカーの実名スイス時計協会(FH)による、2025年10月時点の海外輸出額推移。スイス時計の海外輸出額は昨年以降、常に前年比マイナスのトレンドから抜けられない。今回の関税率軽減でこのトレンドから脱出できるかが注目される(出典:FHの公式リリース
拡大画像表

 それでも上述の通り、アメリカは今のスイスにとって最大の“お得意様”である。対ドルの為替レートにおいても史上最高レベルの「フラン高」が続くなど、ブームが収束しつつある中で希望が持てる状況だった。その中で、いきなりトランプ関税という「災厄」が降ってきたのだ。スイスの時計業界はもちろん、輸出にほぼ依存するスイスの経済・産業界全体にとって、過去にないレベルの痛手だったと言える。

ロレックスなどスイス企業の“根回し”で関税緩和?「トランプ氏のご機嫌とり」を拒否した気骨ある時計メーカーの実名スイス時計協会(FH)による、2025年10月時点の輸出データ。アメリカが最大の“お得意様”であることに変わりはないが、高額の関税が影響し、輸出額は前年同月比で46.8%減となっている(出典:FHの公式リリース
拡大画像表示

 ただスイスとアメリカの時計業界関係者は当初、「この異常な関税は遠からず引き下げられる」と楽観的な見通しだった。具体例を挙げると、当時のスイスの時計メーカーの算段は次の通りである。

 まだ高関税が課せられていない4月中、出荷製品の在庫がある間は、最小限の価格改定で乗り越えよう。在庫がある間に、関税引き下げ交渉が妥結されるだろう。そうすれば製品価格の値上げという「被害」は最小限で済むはずだ。それで乗り切ろう――。

 だが蓋を開けてみると、スイス政府はこの貿易交渉で他国と比較して出遅れた。悪手を打ったといっても過言ではない。現地メディアなどの報道によると、通商交渉を担当するスイスのカリン・ケラー=ズッター大統領兼財務大臣は、トランプ大統領と電話で直接会談を行った際、口論のような状態になったという。

 結果、アメリカ通商代表部(USTR)は関税率を引き下げるどころか、8月から8ポイント上乗せして39%にすると発表してしまったのだ。