そして道徳的勇気は、大きな善のため、自分が正しいと信じることのために、他者を擁護する意見を述べたり、苦難に耐えたりする勇気を指す。見知らぬ人がいじめられているのを止めたり、不当な法律に抵抗してバスの後部座席に座ることを拒否したり、物議を醸すようなテーマについて自分の考えを述べる動画を投稿したり。世の中のために、価値観を守ったり、理念を主張したりする無私の行為だ。その要となるのは、社会的責任や、利他の心、「正しいことをする」精神だ。

 精神的勇気は、周囲に同調せずに本来の自分を表現し、たとえ誰かに嫌われる恐れがあっても、世界にありのままの自分を示すため、あるいは、たとえ個人的な小さな成功であっても、人として成長するために、自分の不安や、心細さ、恐怖心に立ち向かうことを指す。

 日常的勇気は、まったく先の読めない状況(たとえば新しい町に引っ越すなど)や、健康問題、苦痛(支持されそうにないアイデアを提案する、職場で嫌なことがあっても毎日出勤するなど)があっても、ポジティブな姿勢を保ったり、行動したりすることだ。