三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから紐解く連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第116回は、投資における「直感」の重要性と危険性を解説する。
直感は当たる?それとも危険?
主将の神代圭介の指示を無視しようとした主人公・財前孝史は「オバケ」のお告げで株を買い戻すのを思いとどまる。神代は暴落を予測できたのは「俺の中で俺の声」が聞こえたからだと部員たちに説明し、時に直感を信じて行動できるのが一流の投資家だと説く。
直感はどれほど頼りになるのだろうか。個人的な経験では、ある種の直感の正答率は極めて高い。そして、ある種のシチュエーションでは直感はかなり危うい。大事なのはこの両者を見極めることであり、その分かれ目は心理的バイアス(偏り)が握っている。
ノーベル経済学賞を受けたダニエル・カーネマンは代表作『ファスト&スロー』で、人間の意思決定プロセスを2つに分類する説を提唱した。
ひとつが直感に基づく「システム1」で書名のファストに当たる。もうひとつの「システム2」はじっくりとした論理的思考、つまりスローな意思決定を指す。人間は場面によってこの2つを使い分けたり、組み合わせたりしているという。
進化の過程でシステム1が先に発達したのは想像に難くない。危険を察したらかわす。天敵に出会ったら隠れる。食べ物を見つけたら食べる。考える暇もなく即座に判断しなければ、野性の世界では生き残れない。
強力かつ不可欠なシステム1には、生物としての考え方の癖、心理的バイアスが正確性を損なうという弱点がある。この弱点は通常、投資では邪魔になる。
リスクを極端に恐れる。過去の値動きから過度に楽観的になる。強気の時は楽観的情報に目が向かい、弱気になるとお先真っ暗と思い込む。いずれもシステム1に由来する直感にたよって投資で失敗する典型パターンだ。
投資や借金などお金に関する判断は通常は論理的思考、つまりシステム2に頼った方がうまく行くケースが多い。
プロ棋士が「第一感」を大事にするワケ
では作中で投資部主将の神代が直感で相場急落を当てたのは単なる「まぐれ」だろうか。そうとは限らないのが、直感の面白いところだ。
将棋の世界には「第一感」という言い回しがある。局面をパッと見て最初に感じた情勢判断や「次の一手」を指す言葉だ。
この直感を大切にしていると語るプロは多い。深く読んでみた結果、第一感で浮かんだ手が最善手だったというケースが多いのを経験で知っているからだ。ベテラン医師を対象にした調査で、詳細に検査する前に直感的に下した診断がかなり正確性が高いというデータもある。
医師の第一印象やプロ棋士の第一感はただのヤマ勘ではない。専門知識と経験の蓄積の裏付けから直感が働くのだ。嫌というほどシステム2を駆動してシステム1のように機能するほど鍛えあげた者だけが、直感で優れた判断を下せるとも言える。
私自身で言えば、長年取材したマーケットの情勢判断やキャリア20年を超えるビリヤードのプレイ、本の「ジャケ買い」などについては直感にかなり自信がある。
神代の「俺の中で俺の声が聞こえる」という表現は「研鑽を積んだシステム2が生む直感」をうまく表した言葉だ。この「俺の声」は、システム1でノイズとなりがちな心理的バイアスを乗り越えた客観性を帯びているはずだ。
この種の直感が働くようになれば、仕事ならば一流のプロになれるし、趣味の世界ならその分野の本質を楽しめるようになる。もし、あなた自身の「声」が聞こえることがあったら、それに従ってみてはどうだろうか。